束の間の普通
恐らく、実戦が近づいている。
それは誰もが薄々感じ取っていた。
だが――
告げられたのは、二十四時間の休暇だった。
理由は明白だった。
ここまで、休みなく訓練が続いていたからだ。
学生達は一瞬、きょとんとした。
「……休み?」
「このタイミングで?」
だが次の瞬間、別の考えが浮かぶ。
――ああ、やっぱり、そういう事か。
訓練場の隅、いつもの顔ぶれが自然と集まっていた。
どの時代、どの世界でも、学生というのは同じだ。
気がつけば仲良しの小さな輪が、いくつも出来上がっている。
「急に休暇ってさ、どう思う?」
「どうって……まあ、あれでしょ」
「実戦が近いから、休める時に休め、ってやつだろ?」
「だよなぁ」
誰も大きな声では言わない。
だが、否定する者もいない。
「これからは長い道のりになるんだろうな。陸路で」
「そうね……」
「正直、船員さん達まで連れて行くとは思わなかったよ」
「頭数が足りないんでしょ。使えそうな人は全部使う、って感じだし」
「それ、ここらしいよなぁ」
誰かが小さく笑う。
笑いながらも、空気は軽くならない。
皆、それぞれに王都の事を思い浮かべていた。
家族の事、友人の事、帰る場所の事。
「……でもさ」
「ん?」
「これで、少しは状況が変わるといいよな」
しばらく沈黙が落ちる。
「変わるよ。きっと」
誰かが、そう言った。
それが希望なのか、自分に言い聞かせただけなのかは、分からない。
ただ確かなのは――
この二十四時間が、彼らにとって最後の「何も起きない時間」になるかもしれない、という事だけだった。
束の間の休暇。
束の間の普通。
静かな時間は、確かに流れていた。
二十四時間後。
全員が、今までと何一つ変わらぬ顔で集合していた。
訓練場の空気は静かだ。
だが、静かなだけで、軽くはない。
前に立ったのはリディア隊長だった。
「聞け!」
その一声で、ざわつきは一瞬で消える。
「これより――王都へ向けて進軍する」
学生達は小さく息を吐いた。
「ああ……やっぱりな」
「来たか」
心の中でそう呟き、それぞれが気合を入れる。
覚悟は、もう出来ていた。
リディア隊長は一歩踏み出し、腹の底から叫んだ。
「全体!王都に向けて――全体前進!!」
次の瞬間。
「方向――漁村!!」
「……は?」
「え?」
「ぎょ、漁村!?」
一気に騒めきが広がる。
「王都って言ったよな!?」
「漁村って真逆じゃん!!」
「そもそも道ないだろ!!」
混乱する学生達をよそに、隊列は止まらない。命令は命令だ。
やがて、一同は漁村へ到着する。
そこで、全てが繋がった。
既に浜には、メイヤの姿があった。
アステリア、ロウルの船員達も揃い、出航準備はほぼ完了している。
「……船?」
誰かが呆然と呟く。
次の瞬間、理解が追いつく。
装甲荷馬車の積み込みが始まった。
それは見覚えのある形だった。
「これ……」
「広場で訓練してたやつだ」
「いや……」
誰かが息を呑む。
「船の方が先だったんだ」
そう。陸路ではない。海路。
広場に作られていた訓練設備は、即席ではなかった。
最初から、船で使う事を前提に作られていたのだ。
学生達の間に、静かな興奮が走る。
「……やられたな」
「全部、ここに繋がってたのか」
王都へ向かう道は、陸ではなかった。
海から――
誰も予想していなかったルートで、戦いは始まろうとしていた。




