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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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老後のための戦争準備

アステリアは資料を抱えたまま、メイヤの前に立っていた。


「報告だ。船に取り付けたバリスタ、例の筒の訓練、樽の訓練――全部終了した」


「そう。早かったわね」


「正直なところだな……やべー物ばかり作ったな」


アステリアは肩をすくめる。


「本当は、そんな物より他に時間を割きたかったわよ!この変な戦いを早く終わらせない限り、ずっと付き纏われるのも嫌だし〜」


「まあ、そうだな」


メイヤはあっさりと頷いた。


「私の老後安泰生活を邪魔する者は、排除しないと」


「老後って……お前さん、まだ――」


そこまで言いかけて、アステリアは言葉を飲み込んだ。


まさか……そこまで先を見て?


背筋に、ぞくりと武者震いが走る。


「それから船員さんにもクロスボウを配布した。即実戦で使えるだろ。夜間訓練で慣らしてる」


「ありがとう。うちの方は隊長から通達が行くはずよ」


メイヤは一度資料を閉じ、立ち上がった。


「私はナータさんと話してくるわ」



ナータは、訓練場の端で書類を整理していた。


「ナータさん。少し時間、よろしい?」


「ええ。構いません」


メイヤは懐から文を取り出し、ナータに差し出した。


「この文を、領主様に届けて欲しいの」


「……文?五本も?」


「どのルートを使ってもいい。ただし五本まとめてはダメよ」


ナータは一瞬、眉をひそめる。


「私たちの事を……ご存じなんですね」


「ええ。貴女方なら、緊急時に文を回せる段取りは整えているでしょう?」


「……内容は?」


「全部同じ。確実に届ける事が第一目標よ」


ナータは文を受け取り、静かに息を吐いた。


「……理解しました」


メイヤは声を落とす。


「それと、ここからは極秘よ」


ナータの視線が鋭くなる。


「我領は、ロウル領と協力して進軍するわ」


「――っ!?」


一瞬、言葉を失うナータ。


「貴女は、ここで待機命令」


「な……!?」


「理由は解るでしょう?」


メイヤの声は、淡々としていた。


「面倒事を増やしたくないの。これ以上ね」


ナータは唇を噛みしめたが、やがて深く頷いた。


「……了解しました」


「文は任せたわよ」


メイヤはそう言い残し、踵を返す。


ナータの手には、重みのある五本の文。

その意味を、彼女は誰よりも理解していた。


――ここから先は、選ばれた者だけの戦いだという事を。


船員達、学生達の手にもクロスボウが手渡されていた。


それは単なる武器の支給ではない。


クロスボウは、まだ正式には世に出ていない極秘兵器だ。

その存在を知る者も限られ、ましてや扱う事を許される人員は、厳しく選別されてきた。


それが今――

他領の船員、学生達にまで配られている。


それはつまり。


「また使う段階に入った」


という、無言の通達だった。


学生達は多くを語らない。

誰も「何が始まるのか」と口にしない。

だが、手にした武器の重みが、それを十分に伝えていた。


夜間訓練。

音と炎に慣らされる馬。

市街戦を想定した建物。

謎の扉からの一斉降車訓練。


そしてクロスボウ。


点だった準備が、いつの間にか一本の線として繋がり始めている。


船員達は黙々と弦を張り、学生達は構えを確認し、隊長達は一言も無駄を挟まず修正を入れる。


「もうすぐだ」


誰も口にしないその言葉が、訓練場の空気として、確かに存在していた。


それでも――


訓練は順調だった。


驚くほどに、静かで、無駄がなく、淡々と。


まるで皆が最初から「こうなる事」を知っていたかのように。


夜明け前の空気が、少しずつ変わり始めている事に、誰もが気づきながら、誰一人として立ち止まる者はいなかった。

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