目を逸らさない普通
次の日の朝。
まだ朝靄が残る広場に、既に一人の影があった。
ナータだった。
包帯は最低限。動きに無理はあるが、立ち姿は昨日と変わらない。
「……早い」
そこへ小走りで駆け寄ってくる影。
「ナータ様!大丈夫ですか!?」
リディアだった。
「大丈夫よ。気にしないで」
あっさりとした返事に、リディアの方が拍子抜けする。
「で、でも……昨日は……」
「負けただけ。怪我じゃないわ」
その言い方に、リディアは言葉を失った。
そこへ二人分の足音。
アステリアとセリアが姿を現す。
ナータは、その瞬間——
セリアを、じっと睨みつけた。
「……」
「あらあらあら」
セリアは肩をすくめる。
「完全に目をつけられましたな、姉御?」
アステリアが苦笑混じりに言う。
「そうかしら?」
セリアは楽しそうに目を細めた。
「私はね、若き日の“誰かさん”を見ているみたいで楽しいわよ」
「……それって俺の事ですか?」
「うふふ」
「あははは!」
二人の軽い笑いに、ナータは眉をひそめたまま視線を逸らさない。
——逃げない。
それが、昨日学んだ“普通”だった。
やがて訓練が始まり、昨日と同じ流れで進んでいく。
背負って走り、基礎を繰り返し、汗を流す。
ナータは一つも手を抜かなかった。
——そして、ひと通りが終わった頃。
「……奥様」
ナータが、真っ直ぐに声を掛ける。
「また、お願いします」
その場の空気が一瞬止まる。
「いや、今日は……」
セリアが言いかけた、その時。
「リディアさーん!」
「は、はい?」
思わず返事をするリディア。
「さーて!」
セリアが手を叩く。
「ナータさん、やりますか?」
「——はい」
迷いのない返事だった。
昨日の衝突は、終わっていない。
終わらせるつもりもない。
この場所での“普通”は、逃げない事。
それを、ナータはもう理解していた。
昨日は、私から仕掛けて——
何が何だか解らないうちに、宙に回っていた。
ならば今日は、こちらからは仕掛けない。
相手が動いてから、それに対応する。
そうすれば、負けた原因の何かが見えるはずだ。
私はそう考え、剣を構え直した。
「……」
セリア様は、にこりともせず、ただ立っている。
「今日は、動かないのね?」
「ええ。昨日は私が先に動いた。それで負けたのなら……今日は待ちます」
「あら。いい事ね」
セリア様は感心したように頷く。
「でも、もし実戦だったら?」
「……」
「一対一じゃなかったら?」
一歩、前に出る。
「隣で、今にも負けそうな味方が居たら?」
さらに一歩。
「その全部を考えながら訓練するのよ?」
「……確かに」
私は唇を噛む。
「仰っている事は、解ります」
セリア様は微笑んだ。
「でも——」
私は、視線を逸らさずに続ける。
「動かない、という選択も……普通として、ありますわよね?」
一瞬。
セリア様の目が、楽しそうに細められた。
「……何か、変わった言葉の使い方をするのね」
その声と同時だった。
「でもね?」
——え?
視界が、反転する。
「は??」
足が地面を離れ、空が下に来た。
「ま、た……?」
理解する前に、背中から叩きつけられる。
「どっか!!」
鈍い衝撃。
息が、一気に吐き出される。
「……っ!」
視界の端で、セリア様が上から覗き込んでいる。
「動かない、も普通よ?」
にこり。
「でも——待つ、は隙でもあるの」
「……っ、アタタタ……」
私は転がったまま、空を見上げた。
また、解らなかった。
でも。
昨日より、悔しさの質が違う。
それだけは、はっきりしていた。




