朝の運動、普通の衝突
朝靄がまだ残る時間帯。
訓練場には既に人影があった。
「今日も早いわね」
「まあな。習慣みたいなもんだ」
リディアとアステリアが軽く言葉を交わしながら、準備運動をしている。
少し離れた場所にはセリアと近衛隊長。
近衛隊長はリディアとの打ち合わせの為、朝の時間を使って顔を出していた。
やがて学生隊が集まり始める。
そんな中——
「おはようございます!」
一際はっきりした声が響いた。
全員が一斉に、声のした方を向く。
そこに居たのはナータだった。
「あー、話は聞いてるわ。ナータ様。今日から運動に参加すると」
「ええ。よろしくお願いします」
学生隊の中から、ひそひそと声が漏れる。
「……伯爵の?」
「本物?」
「マジで?」
ナータは気にしない様子で辺りを見回す。
「まず、何からやるのかしら?」
「軽いストレッチから始まってマラソン。それから各々、苦手な所の基礎訓練。最後に実戦形式の打ち合いですね」
「そう。解ったわ」
——まあ、普通の流れ。普通、、、ね。
リディアが声を張る。
「じゃあ皆!いつも通り背負って!」
「……背負って?」
ナータが首を傾げる。
近衛隊長が説明する。
「軍の場合、移動中は荷を背負うだろ?体格ごとに重さを調整してある」
「……これを?」
ナータは背負子を持ち上げ、眉をひそめる。
「それなりに重いわね……これでマラソン?」
——はぁ、はぁ、はぁ……
想像以上に息が上がる。
「はい!終了!」
合図と共に、それぞれが自主練に散っていく。
腹筋を始める者、再び走り出す者、馬に跨る者。
まあ……これくらいなら……
「ナータ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。これぐらい」
「ですが初日ですし——」
「そうね」
ナータは少し考え、顔を上げた。
「私、実戦経験が無いの。そちらをやりたいわ」
「……はぁ。武器は何にします?」
「剣にしましょう」
ナータは周囲を見渡す。
「誰か、お相手してくれる?」
学生達は一斉に目を逸らした。
——そりゃそうよね。
相手は伯爵の娘。
怪我でもさせたらどうなるか、考えなくても分かる。
家柄って、こういう時は邪魔ね。
ナータは内心で溜息をつく。
さて……誰なら出てくるかしら。
視線を巡らせ、狙いを定める。
「リディアさん、私のお相手してくれる?」
「え?私ですか?私は近衛隊長と打ち合わせが——」
「近衛?……あ、コーノエさんか」
上手く逃げたわね。
「では、アステリア様は?」
「いや、俺は——」
一国の領主。波風は立てづらい。
……ダメか。
「それとも、奥様でも?」
「私?私、フォークより重い物は持った事ないですし……」
「あら?そうでしたの?それとも変装しないと重い物は持てないのかしら?」
ぴしっ。
リディアが反応した。
「……変装?」
まずい……母親の威厳が……
言い切る前に——
「では、私が!」
セリアが一歩前に出た。
「武器をどうぞ?」
「ですから私はフォークより——」
その瞬間。ナータが踏み込んだ。
どう?普通じゃない動きは!
「てぁ——!」
「あらあら、行儀の悪い事」
次の瞬間。
セリアの姿が、ふっと消えた。
「——え?」
気付いた時には、ナータの頭に手が置かれ、
そのまま背後へ。
「なっ——!?」
振り返る間もなく、衝撃。
——ぐしゃっ!
ナータの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「……っ!?」
何が起きた?何故、私が飛ばされて——?
「くっ……」
「あら。おじょーちゃん♡」
まだ行ける。何が起きたか解らないけど——
「もう一度!」
次の瞬間、視界が白く弾けた。
そしてナータの記憶は、そこで途切れた。




