基準が崩れる音
「爺!」
「はい」
「この前ここであった戦いの資料は上がってきてるかしら?」
「そうですね。詳細が纏められて、資料としては既に……」
「その資料を取り寄せなさい。私の馬を使わせて。向こうに着いたら、別の早馬で――大至急よ」
「……戦史書をですか?」
「そう!今すぐに!」
爺は一瞬だけ言葉に詰まった。
「しかし戦史書は、普通、領外へは――」
ナータは爺を睨め付けた。
「……また“普通”?」
その一言で、爺ははっとしたように目を見開く。
「……失礼いたしました。直ちに手配いたします」
「お願いね」
爺が下がった後、ナータは静かに息を吐いた。
詳しくは聞いていないけれど……
確か、父は直接の援軍として千。
別ルートから二千だったはず。
どうせ、お父様に隠れてコソコソ戦っていたのでしょう。
だからこそ、戦史書だ。
事実が書かれている“記録”が必要だった。
一方その頃。
訓練場では、木材で組まれた奇妙な構造物が完成しつつあった。
「……ほう」
近衛隊長が、出来上がったそれを見上げる。
「これが、船の降り口か?」
「ええ。実際の大きさに合わせたわ」
リディアが胸を張る。
「荷馬車一台分。希望通りに作れるみたいよ」
床があり、天井があり、傾斜があり――
実際に“降りる”ことを想定した造りだ。
「中々いい考えだな」
「感覚的に分かりやすいでしょ?」
「確かに。今は関係ないが……建物を組めば、市街戦の訓練にも使えそうだ」
「あっ……なるほど!」
リディアの目が輝く。
「この“吊り橋”って言ってた仕掛け、こういう形なのか」
「そうみたい。密閉性がどうとか難しい話もしてたけど、降りる訓練ならこれで十分だってこれを建ててくれたわ」
「実戦向きだな」
近衛隊長は少し考えてから言った。
「……これ、後で俺たちも使っていいか?」
「もちろんよ。それで……他に、どんな訓練をすればいい?」
「うーん……」
近衛隊長は腕を組む。
「正直、初めてだからな。思いつくことは全部、か?」
「……解った」
リディアは頷いた。
「気づいたことがあったら、教えて。すぐ反映するわ」
「頼もしいな」
こうして、誰も前例を知らない戦いの準備が、“普通ではない速度”で進んでいった。




