普通を捨てる覚悟
その日の夕食時、ナータの髪が乱雑に切られていることに気づいたのは、たまたま同席になったリディアだった。
「ナータ様!その髪……どうなさったのですか?」
「私自身の不甲斐なさへの罰です」
「え?一体、何が……?」
「大丈夫ですので、気になさらずに」
「でも……」
「これは、私への罰です」
「……はぁ……」
それ以上、リディアは何も言えなかった。
その声色が、冗談や感情的なものではないと、はっきり分かったからだ。
その夜。
「爺!」
「はい、ナータ様」
「根本が、間違えていたわ」
「……昼のやり取りでございますな。ここの“普通”と、私達の“普通”。あまりにも大きな隔たりがございます」
「そう。“普通”よ。その違和感に、私はすぐに気づけなかった」
ナータは一度、深く息を吐いた。
「明日からは……いいえ。今からよ。私達の“普通”は、捨てましょう」
「……承知いたしました」
翌日。
ナータと爺は、改めて領都を細かく見て回ることにした。
昨日訪れた店は、すでに開店準備の最終段階に入っており、数日後にはオープンするという。
隣の店に何ができるのかと尋ねると、
「さあなぁ。よく分からんが、白いスープの食いもんらしいぞ」
と、あっさりした返事が返ってきた。
……あのスープね。
ナータは、昨夜の夕食を思い出す。
自分が衝撃を受けた、あの白いスープ。
それを、領民向けに“普通に”広めている。
料理ですら、ふ、つ、う、なのね……
思うところは山ほどある。
だが、昨夜、ナータの中で「自分の普通」はすでに消えた。
町並みも、改めて見ると違って見える。
道幅、建物の配置、柱や壁の長さ。完全に同一ではないが、驚くほど揃えられている。
「……効率、なのね」
つまらない町並みと感じる者もいるだろう。
整列しすぎて息苦しいと感じる者もいるかもしれない。だが、これは明確に“効率の町”だ。
そう考えれば……
今、住まわせてもらっている領主館の内装も、同じだ。
豪華さではなく、使いやすさ。動線。無駄のなさ。
私は、調度品を見て“無理をしている”と思った。
違った。答えは、そこではなかった。
私が来るから……私に、合わせたのね。
本来なら不要な物。
この領地にとっては、なくても困らない物。
それを、わざわざ用意した。
……情けない。
考えれば考えるほど、胸の奥が痛んだ。
自分は、理解したつもりで、何も見ていなかったのだ。
ナータは町並みを見つめながら、静かに拳を握った。
今度こそ……見誤らない。
その目には、もはや“格下を見る視線”は残っていなかった。




