普通の正体
「爺!馬車を回しなさい!!」
「はっ!!その建物まで行きます!」
私は――自分の勝手な基準で、この領地を見ていた。
それもどこかで「格下の男爵領」と思い込んでいた。
お父様からの文も、「またまた大袈裟な」と、心のどこかで笑っていた。
……なんて、愚かだったの。
「ん?爺!!急ぎなさい!」
「いえ、これ以上速度を出しますと危のうございます!」
……じゃあ何で、荷物を積んだ荷馬車より遅いの?
「遅い……?」
そんなの、あり得ない。
こちらは一流の馬。馬車だって高級品。
それなのに――。
……はっ。
馬車も、なの?
「爺!!止めなさい!!」
「は、はい!!」
ナータは馬車から飛び降り、後ろを走っていた荷馬車の前に飛び出した。
「おい!!危ねぇだろ!!」
「ごめんなさいね!ちょっと聞きたいんだけど!!」
「あぁ〜?」
貴族か?見た事ねぇ顔だが……厄介なのに捕まったな。。
「何だい?」
「この荷馬車は、何?」
「へ?どう見ても普通の荷馬車だろ?」
「なんでそんなに荷物を積んで、そんな速度で走れるのよ!!」
「あー……そういう意味か。足回りだよ、足回り!」
「足回り?」
「強化されてんだよ。だから荷物も積めるし、荒地でも速度が落ちねぇ」
「……そうなのね」
ナータは髪から髪飾りを外した。
「ありがとう。この髪飾り、あげるわ。迷惑料よ。受け取りなさい」
「え?あ?へ?」
「爺!急ぐわよ!」
「はい!」
答えは、ずっと目の前にあった。
私は「ただの荷馬車」だと思い込み、何も考えなかった。
でも違う。さっきの人は「普通」だと言った。
――普通。
あの人にとっての普通と私にとっての普通は、最初から違っていた。だから説明もされない。隠す必要すら、無かった。
「ナータ様!到着しました!!」
確かに――もう開店準備に入っている。
これを建てたのは……。
「ちょっと、お聞きしたいんだけど?」
「へい?何でしょう?」
「これは、貴方が建てたのかしら?」
「ええ、そうですが?」
「何故、こんなに早く建てられたの?」
「早い……ですかね?普通じゃないですか?」
……ここでも「普通」。
「聞き方を変えるわ。丸太を切って、ここで加工するのでしょう?」
「へ?丸太?」
「いやいや。今はそんな事しませんよ」
「……と言うと?」
「丸太は木工場で、柱や板に同じ長さで切ります。それを運んで、ここで組み立てるんです。細かい調整だけ、現場でやりますが」
ナータの頭が、ぐらりと揺れた。
……やはり、根本から違う。
発想も、工程も、時間の感覚も。
「爺!短剣を!」
「はぃ?短剣?」
「いいから渡しなさい!」
「……どうぞ」
短剣を受け取ったナータは、自らの長い髪を掴み――
ためらいなく、切り落とした。
「ナータ様!?」
「この短剣、迷惑料よ!受け取りなさい!!」
「爺!戻りますよ!」
「は、はい!」
その一連の光景を、少し離れた場所から見ていた者たちがいた。
機構隊長と影を離れ「光」になる為の訓練中の元影二人。
元影の一人が、ぽつりと呟く。
「……見事に、派手に壊れましたね」
固定観念という名の殻が。




