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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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見えていない影

「こんにちは」


そう声をかけてきたのは、意外な人物だった。メイヤの母、セリアである。


「忙しいところ、悪いわね」


「いえいえ……ですが、また急ですね」


彼女が訪れたのは、両隊長――近衛隊長と機構隊長が使用している建物の一室だった。

公的な応接室でもなければ、表向きの会談場所でもない。

それだけで、只事ではないと悟るには十分だった。


「はい、これ。お土産のクッキー。皆さんで分けてね」


「ありがとうございます。ですが……今日はどういったご用件で?」


「うーん……そうね。本来のお仕事以外のことまで、色々と頼んじゃってるでしょ?」


「いえ、その程度のことでしたら気にしていません」


「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」


にこり、と柔らかく微笑んだその直後――

セリアの表情が、ほんの一瞬だけ変わった。


「……でもね、相談があるの」


「相談、ですか?」


「聞いてもらっても構わない?」


「……はい?」


「そろそろ、付き纏うのをやめてくれないかしら?」


一瞬、空気が凍った。


「……は?」


近衛隊長が思わず声を漏らす。


「もちろん、護衛も兼ねているのは分かってるわ。それに、わざわざ女性を当ててくれてるのも理解してる」


そこで一度、間を置く。


「でもね――アステリアちゃんも、こっちに居るでしょ?」


機構隊長の背筋に、冷たいものが走った。


「このままだと、本気で怪我人か……死人が出そうなのよ」


「……何のことですか?」


近衛隊長が問い返す。


「ふふ。そうよね、知らないって顔するわよね」


セリアは肩をすくめ、わざとらしく首を傾げた。


「じゃあ、機構隊長さんのほうかしら?」


――どきり。


心臓が跳ねる音が、やけに大きく聞こえた。

影は完璧だったはずだ。これまで一度たりとも、存在を悟られたことはない。


「……何の話ですか?」


「あらあら。そうなの?」


セリアは困ったように笑う。


「まあ、お互い立場があるのは分かってるわ。

上からの指示で言えないこともあるでしょうしね」


そして、静かに告げた。


「でも、リディアも……もういい線まで来てるの。怪我ならまだしも、死人は出したくないのよ」


それだけ言うと、彼女は立ち上がった。


「一応、言うべきことは言ったから」


そう言い残し、何事もなかったかのように部屋を後にする。


――しばらく、沈黙。


「……何だ、今のは?」


機構隊長が低く呟く。


「……バレてるかもしれん」


「何が?」


「影だ」


「はぁ?感がいいだけだろ。リディア様も確かに鋭いが……」


「いや、違う」


機構隊長は首を振る。


「この前な。アステリアとリディアが同時に、模造刀を投げてきた。当たっちゃいないが……完全に位置を読まれていた」


「……待て。じゃあ、奥様がわざわざここに来たのは?」


「分からん。だが、何かを掴まれている可能性は高い」


「……厄介だな」


しばしの沈黙の後。


「念のためだ」


機構隊長が結論を出す。


「影に注意喚起を出す。――今、この領地は“見えていない”と思わない方がいい」


外では、何事もないように風が吹いていた。


だがその静けさの中で、誰かが、確実に“影”を見始めていた。

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