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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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固定観念の向こう側

「爺!」


「はっ!」


ナータは即断したように踵を返した。


「領都へ行きます。付いて来てください」


「承知しました」


「気がついた事があれば、些細な事でもメモを。私も同じようにします」


「心得ております」


二人は並んで領都の通りを歩く。

朝の時間帯という事もあり、人の往来は多いが、どこか落ち着いている。


「如何ですか?」


爺が周囲を見回しながら答える。


「これと言って……特別な印象は受けませんな。普通の村?町?と言ったところでしょう」


「畑も?」


「小麦に大豆。あとは見慣れぬ野菜もありますが、地域特有の物でしょう」


「……そう」


ナータは眉を僅かに寄せる。


「違和感が、無さすぎるのよ」


「と、申しますと?」


「昨夜の夕食、砂糖の使い方、あの料理の数々。あれだけの“贅沢”があるなら、街並みに何かしら表れても良いはずなのに」


「確かに」


二人は歩みを進め、木の加工場の前で足を止めた。


「ここは……木工場、でしょうか?」


「建築用材の加工場と思われますな」


「この領の主産業は?」


「ゴアゴア紙と鉛筆です。我が領にも定期的に入ってきております」


「それだけでは……」


「大きな利益にはなりませんな」


ナータは工場を一瞥し、特に興味を示す事なく歩き出した。

木は人が切るもの。その考えが、無意識のうちに彼女の視線を限定していた。


——歯車が回り、蒸気が静かに吐き出されている事に、彼女は気付かなかった。


やがて広場に差し掛かる。


「あれは……リディア様ですか」


「はい。学生隊の指揮を執られているようですな」


訓練場では、年若い学生達を前に、凛とした姿の少女が指示を飛ばしている。


「まだ遊びたい年頃でしょうに……」


「責任を背負うには、少々早いかもしれませんな」


ナータの視線が、彼女の隣に立つ人物へと移る。


「……あの男装の女性が、アステリア様?」


「御迎えの際に同席されていた方ですな」


「何処かで……見たような気もするのだけど」


「ほぅ?」


「でも、男装の女性なんて、そう何人も居ないし……」


ナータは首を振る。


「気のせいね」


だが、それもまた一つの“見落とし”だった。

王都の夜会で、華やかなドレスを纏い、注目を集めていた女性と今、目の前に居る人物が同一である可能性を、彼女は最初から考慮していなかった。


人は、見たい形でしか物を見ない。


この領地が本当に隠しているものに、ナータが辿り着くまで、そう時間は掛からない。


——だが、この時点では、まだ。


領都の視察を終え、馬車へ戻る。


「如何でしたか?何か気づいた点は?」


私の問いに、爺は一拍置いてから頭を下げた。


「申し訳ございません。特にこれといった点は……」


「私も同じね」


領都は至って平和だった。

畑は普通、家々も普通。人々の表情も穏やかで、忙しなくもない。


「田舎の村?町?という印象ですな」


「ええ。変に活気があるわけでもなく、貧しさを誇張する様子もない」


極秘施設の気配もない。

監視されている感覚もない。

私達は自由に歩き、自由に見て回れた。


「何処かに極秘に隠している、という可能性は?」


爺は即座に首を横に振った。


「この人口規模でそれは考えにくいかと。隠すのであれば、行動制限を設けるはずですし、護衛と称して人を付けるでしょう」


「……確かに」


私達は放置に近い扱いだ。

歓迎はされているが、警戒されている様子は無い。


それなのに。


……なのに、何かがおかしい。


「爺」


「はい」


「この領地、貧乏なのよね?」


「帳面上は、そうなっておりますな」


「でも、領主館は改築され、食卓には砂糖を惜しみなく使った菓子が並び、木工場では人手不足を感じさせない稼働……」


言葉にしてみると、やはり噛み合わない。


「隠している、というより……」


「隠す必要が無い、と?」


爺の言葉に、私は小さく息を吐いた。


「ええ。そんな気がするの」


だからこそ、制限が無い。

だからこそ、警戒が無い。


「何かが“当たり前”になっている」


それは財か、技術か、それとも――人か。


馬車がゆっくりと動き出す。


窓の外、領都の人々は変わらぬ日常を送っている。

だが、その日常の中に、私達が知らない“前提”が混じっている気がしてならなかった。


……まだ、見えていないだけ。


私はそう結論づけ、静かに目を閉じた。


――この領地は、調べる価値がある。

それだけは、確かだった。

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