動く宝石箱と違和感の正体
さて。皆、準備はいいな。
迎えに出る顔触れは、うちら家族全員に執事ガルド、メイドのミュネ。
それに正体を隠して従事者を装う両隊長、そして――なぜか当然のように混ざっているアルテリア。
……なんでこの人いるのよ。
指摘するのも今さらなので、私は胸の内で突っ込むだけにした。
やがて、街道の先に土煙が立つ。
段々と馬車の輪郭がはっきりしてきて――三台。
多いのか、少ないのか。
正直、伯爵家基準が分からない。
それにしても。
伯爵家から男爵家へ“勉強のため”に来る、ね……
この世界でそれがどれほど異例か、貴族の常識に詳しくなくても何となく分かる。
内乱中という事情はあるにせよ、選ばれた先が“ここ”というのは、どう考えても引っかかる。
学術員が揃っている?
新技術が動いている?
それとも――別の理由?
「おー……」
思わず声が漏れた。
「流石伯爵家の馬車。動く宝石箱かーい!!」
外装は磨き抜かれ、装飾は過剰なほどだが嫌味がない。
存在そのものが“格”を主張している。
馬車が止まると同時に、向こう側から執事が飛び出すように降りてきた。
動きに一切の無駄がない。
続いて、扉が開く。
現れたのは――可憐、という言葉がよく似合う少女だった。
姿勢も所作も、いかにも“良いところ育ち”。
あー……これは確かに伯爵家のお嬢様だわ。
お父様が前に出て、形式通りの挨拶を交わす。
その様子を少し離れて眺めながら、私は胸の奥に小さな予感を抱いた。
……なんか、面倒なことになりそう。
予定では――
迎え入れ、荷下ろし、部屋の案内、自己紹介。
その後は夕食。
そういえば、家族全員で食卓を囲むのも久しぶりだ。
豪華な料理、出るのかしら?
私が渡したレシピ、使われてたりする?
期待と警戒が入り混じる中、私は動き出した馬車の影を見つめながら、心の中で呟く。
さて……伯爵家の“次女様”。この領地で、何を見ることになるのかしらね。
部屋の案内も済ませ、自己紹介も終わり、夕食会へと移った。
長机に並べられた料理を見た瞬間、思わず目を細める。
――張り切ったわね、タルトさん。
肉料理、魚料理、焼き立てのパンに色鮮やかな温野菜。
そして中央には、湯気を立てる白い鍋。
あ、これ……
「本日の主菜の一つ、クリームシチューでございます」
やっぱり。
恐る恐るスプーンを入れ、一口。
……うん。
ちゃんと“あの味”だ。
完全再現とまでは言わないけど、牛乳の使い方も、小麦粉のとろみも合格点。
この世界の素材で、ここまで寄せてきたのは素直に凄い。
ちらりと伯爵家の客人――ナータ様を見る。
淡々と、実に淡々と食べ進めている。
驚いた様子も、戸惑いもない。
……流石、公爵家の子供。
この世界に存在しない調理法や味が、いくつも混じっているはずなのに。
眉一つ動かさず、食事として受け入れている。
それどころか――
「……美味しいですね」
静かな一言。
タルトさんが、目に見えてほっとした。
料理人殺しじゃなくて良かったわね。
場の空気が和らぎ、会話も少しずつ増えていく。
久しぶりの“家族揃っての食事”というのもあって、どこか落ち着かないながらも、悪くない時間だ。
そして。
ついに。
「――デザートをお持ちいたしました」
来ました。
銀のワゴンに乗って現れたのは、ショートケーキとチーズケーキ。
勝った!
推し二強、同時投入。
ふわりと立つ甘い香りに、思わず姿勢が正しくなる。ナータ様も、一瞬だけ視線を止めた。
一口。
……あぁ。
前の世界と、ほぼ同じだ。
違うのは、使われている野苺。
酸味が強くて、香りが濃い。
これは――
沼る人、絶対出る!
案の定。
「……これは」
ナータ様の手が止まらない。
もう一口。さらにもう一口。
表情は変わらないけど、明らかに食べる速度が上がっている。
あ、ハマった!
リディアは幸せそうに頬張り、お父様は静かにうなずき、アルテリアは「なんだこれは……」と小声で呟いている。
甘味は、国境も身分も関係ない。
この瞬間だけは、伯爵家も男爵家も関係なく、ただ――
「美味しい」
それだけで繋がっていた。
……さて。
このデザートが、この先どんな波紋を呼ぶのか。
それを考えるのは、もう少し後でいい。
今はただ、この時間を味わおう。




