拳の記憶と来訪者
うぅ……。
「キレッキレのストレートだったな……昔のままだ」
……生きてる!?
周囲の誰もが思った。
いや、正確には「生きていたこと」に安堵した。
「まだまだよ。昔の感覚が戻ってないわ」
セリアは軽く手首を振り、何事もなかったかのように言う。
「そうだな。国王を殴った時よりは、まだ甘いな」
その一言で、空気が完全に凍った。
リディア以外の全員が、言葉を失う。
――リディアも殴ったとは聞いていた。
だが、それは「軽く小突いた」程度の話だと、リディアも勝手に解釈していたのだ。
今の……あのストレートを……当時の皇太子に……?
リディアは心の中でそう思った。
誰もが同じ想像に辿り着き、同時に思考を放棄した。
「……でも、どうしたの貴方?」
セリアが首を傾げる。
「今日は伯爵家からナータさんが来る予定だろ。迎えの準備だ!リディアも! メイヤも連れて来い!」
「解った! 探して来る!」
リディアは返事と同時に駆け出した。
その背を見送りながら、アステリアが小さく呟く。
「伯爵家の……ナータ?」
「あー。伯爵家から勉強の為、こちらにお越しになる予定なんです」
ミュネが答える
アステリアは、わずかに眉を寄せた。
伯爵家から、男爵家へ。普通ならあり得ない。
逆ならいくらでもある。
だが、わざわざ“下”へ行く理由があるとすれば――。
やっぱここには何かあるな……
蒸気機関。
鉄の塊。
線路。
それだけじゃない。
人材の動き、判断の速さ、領地全体の雰囲気。
伯爵家すら動かす“何か”がある……
それとも、もっと前から接点があったとみるのが普通だな――。
こっちも、早いとこ国から頭数揃えねーと出遅れるな。
アステリアは、静かにそう結論付けた。
その頃――。
「いた! メイヤ! 行くわよ!」
「え? もう?」
慌ただしく呼ばれ、何も知らぬまま準備を整えるメイヤ。
浜辺では、静かに浮かぶ浮桟橋が、陽を受けて揺れていた。
嵐の前の静けさ。
この領地が、また一段階“注目される場所”へと踏み込んだことを、誰もまだ、はっきりとは言葉にしていなかった。




