軽い運動と沈まない桟橋
お互い一歩も引かず、女同士の――いや、もはや戦士同士の熱い闘いが繰り広げられていた。
見ているリディアや学生達は、息を呑んで固まっている。
それも当然だった。
アステリアに、これまで一太刀も入れられなかった自分達。
そのアステリアが、今――明確に「防御」を使わされている。
しかも相手は、メイヤの母。
え……あの人、そんなに強かったの……?
さらに異様なのは、あれだけ挑発を飛ばしていたアステリアが、今は一言も喋らず、ただ黙々と闘っていることだった。
「……やっぱ流石ですね!姉御!」
アステリアが息を整えながら言う。
「貴女もね。大分成長してるわ。私は嬉しいわよ」
そう返す母の表情は、どこまでも穏やかだ。
だが、その足運び、体重移動、間合いの取り方――どれもが研ぎ澄まされている。
パナーは、物陰からその光景を見て、静かに確信していた。
やっぱこの家族……やべー!
領主は領主で、どこか貧乏が染み付いているし、リディアはバーサーカー気質、メイヤはそもそも発想が意味不明。
「この家なら、母親だけはまともだろ……」
そう思っていた自分を、今すぐ殴りたい。
近接戦闘で、この人に仕掛けたら……死ぬ
その時だった。
「こらこら!!セリア!!いい歳して何やってるんだ!?」
広場に響いた声。
振り返ると、父が呆れ顔で立っていた。
「あら、貴方。見ての通り、軽い運動よ?」
軽い……!?
父は一瞬、言葉を失い――そして、母の姿を改めて見た。
「ん? セリア……お前……」
「何? 貴方?」
「……少し太ったか??」
次の瞬間。
綺麗に捻りの入った右ストレートが、父の顎を正確に捉えた。
何の無駄もない一撃。
父は、音もなく宙を舞い、そのまま地面に転がった。
……沈黙。
「……」
パナーは、目を逸らした。
リディアは、何も見なかったことにした。
学生達は、人生観が一つ更新された。
メイヤは、深くため息をついた。
「……はぁ」
これ以上見ていても仕方ない。
そう思い、広場を後にする。
向かった先は浜辺だった。
そこには、完成したばかりの浮桟橋の実物が、一基だけ静かに浮かんでいる。
「……安定してるわね」
「はい。問題は無さそうです」
学術員が報告する。
「まだ一つだけですが、これを連結して沖合へ延ばす予定です。十分に検証してから進めます」
「ええ。焦らず、ね」
波に揺られながらも、桟橋は沈まず、傾かず、穏やかにそこに在った。
こっちは……まあ、平気そうね。
背後では、まだ何やら騒がしい声が聞こえるが、少なくとも――
この浮桟橋は、ちゃんと“地に足”ならぬ“水に浮いて”いる。
メイヤはそう思い、少しだけ安心したのだった。




