剣戟の向こうで、誰が見ている
数週間前。
エドラン領都にある領主館へ、一通の文が届いた。宛名は次女――ナータ・エドラン。
「あら……お父様ったら」
封を切り、内容に目を走らせて、ナータは小さく笑う。
「私に密偵の真似事をやれ、って事かしらね」
護衛数名に加え、護衛に扮した者を同行させても良い。
行動は自由。ただし観察を怠るな――そんな文面。
「随分と慎重で、随分と大胆……」
それとも、とナータは思う。
お父様が、そこまで興味を持った相手がいる……?
フェルナード領。
若い領主とその姉妹。
「私より二つ、三つ下の長女……それと、さらに下の次女ちゃん」
文中で、やけに強調されていたのはその“次女”だった。
――特に注意せよ。
「……領主でも、長女でもなく?」
年齢的に考えれば、まだ幼いはず。
「病弱?なのかしら?……」
考えは尽きないが、ちょうど良い頃合いで次の文が届いた。
フェルナード領より、受け入れ準備完了の知らせ。
「ふふ。なら、私も向かうとしましょうか」
その頃、フェルナード領。
アステリアは、今日はリディアを観察していた。それを、少し離れた場所からメイヤが観察している。
あ、今日はそっちなのね?
メイヤは内心ほっとしつつ、様子を眺めていた。
「リディア!勝負しろ!!」
朝から付き纏われ、ようやく発せられた言葉がそれだった。
「……朝一番でそれ?」
リディアは深く息を吐く。
「全く……もう……」
メイヤは思わずニヤつく。
お姉ちゃん、相当イラついてるわね?
「いいけど!剣?槍?どっち?」
「どっちでもいいぞ!どっちも得意だ!!」
無邪気に即答するアステリアが、さらに火に油を注ぐ。
「早くやろーぜ!!」
――プチン。
「あーあ……」
メイヤは小さく呟いた。音、聞こえたわね。
「……模造刀とはいえ、当たったら怪我するわよ。防具を着けなさい」
「はは!俺に当てる気でいるのか?その自信、どっから来るんだ?」
「……さぁ。武器を取りなさい」
周囲の学生たちがざわつき始める。
アステリアは槍と剣を選び、さらに剣を二本、腰に差した。もちろん木製だが、その所作に無駄はない。
「槍が得意、ね……」
リディアは構えながら思う。
長さでは不利。でも、その対策は嫌ってほど訓練してきた。
「でやぁぁぁ!!」
――ガッキン!!
乾いたはずの木製武器から、あり得ない音が響いた。
「……っ!」
メイヤは目を見開く。
木で、あの音……!?
「ほぅ~!やるねー!いいぞ!」
「なっ……防がれた!?」
「どうした?剣は短いぞ?」
リディアは歯を食いしばる。
内側に入れば……!もらった!!
次の瞬間。
「――な!?左手で剣を!?」
アステリアは一瞬も迷わず、左手の剣で捌き、右の槍で――
ドンッ!!
「くっ……!」
リディアの体が、地面を転がった。
「惜しい」
アステリアは槍を下ろし、淡々と告げる。
「踏み込みは良かった。でもな」
近づき、視線を落とす。
「今、心の中で“もらった”って思っただろ」
リディアは言葉を失う。
「隙は、出すな。感じさせるな」
そう言って、肩をすくめた。
「……どうした?まだ防具の必要性は感じられないぞ?」
周囲は静まり返っていた。
メイヤは、アステリアの背中を見つめながら思う。
この人……強いだけじゃない。
そして同時に、胸の奥に小さな確信が芽生える。
剣戟の音の向こうで、それぞれが“誰を見ているのか”が、静かに交差し始めていた。




