浮かぶ港、思考は先へ
港か――。
頭の中で、その言葉を転がしながら、私は腕を組んだ。
確かに、小型の高速船はいくつか持っている。いつかは港が欲しい、そう思ったことも一度や二度じゃない。
でも――今じゃない。
今この状況で、港は無理。
港を造るとなれば、まず場所の選定。
次に地盤整備。防波堤、埠頭、倉庫、荷役設備。完成して終わりじゃない。維持管理、人員、修繕費。
領内の人員と資材を総動員しても、何年掛かるか分からない。
完成したとして、その維持だけで財政が悲鳴を上げる未来が、はっきり見える。
「却下ね」
小さく呟く。
桟橋程度でも相当な負担だ。
固定式なんて論外。
……となると。
頭の中で海を思い浮かべる。
浮いていればいい。
沈まなければいい。
固定されていなくても、荷の積み下ろしができれば、それでいい。
「……浮遊桟橋、か」
ぽつりと出た言葉に、自分で少し驚いた。
浮いている桟橋。海に浮かべるだけ。それを複数繋げて幅を持たせる。
大型船は沖に停泊。
そこから浮遊桟橋へ直接荷を下ろす。
幅は――そうね、荷馬車が二、三台並べるくらいあれば十分。
固定は最低限。潮の流れに合わせて、ある程度動く方がむしろ安全かもしれない。
理屈は、通る?
問題は、耐荷重と安定性。波の影響。素材。
ここは、私の出番じゃない。
「学術員さんに投げよう」
計算。
模型。
実験。
――それでいい。
「浮遊、桟橋……ですか?」
学術員の一人が、目を丸くする。
「ええ。固定式じゃなくて、浮かべるだけのもの。大型船の荷下ろしが目的よ」
「……なるほど」
別の学術員が、すぐに紙と鉛筆を取り出した。
「確かに、港湾建設に比べれば圧倒的に簡素です」
「浮力計算と連結部の強度さえ確保できれば……」
「模型でやってみて。縮尺は任せるわ」
「はい!」
その場の空気が、一気に前のめりになる。
「素材は木材と鉄骨の組み合わせが現実的ですね」
「内部を空洞にすれば浮力は稼げます」
「波の干渉を減らす形状も考えましょう」
――あ、これ、当たりだ。
私は内心でそう確信した。
「素晴らしい発想です!」
学術員の一人が、はっきりと言った。
「これなら建造も早く、コストも抑えられます」
「拡張も容易ですし、不要になれば移設も可能です」
「でしょ?」
私は軽く笑った。
「まずは模型。実験結果を見てから本製造に入りましょう」
「了解しました!すぐに取り掛かります!」
皆が一斉に動き出す。
私はその背中を見送りながら、ふと気づいた。
……そういえば?
視線の端に、小型蒸気機関がいくつも積まれているのが見える。
「あれ?」
こんなにあったかしら。
「……何に使う予定なんだろ」
誰に聞くでもなく呟く。
まあ、いいか。
必要になったから作ったんでしょう。
ここ最近は、そういうことばかりだ。
世界が追いついてきてるのよね?
私は小さく息を吐いた。
港はまだ無理。
でも――“浮かぶ港”なら、今でも手が届く。
一歩ずつ。でも、確実に。
「さて」
私は踵を返した。
「次は、どこが詰まるかしらね」
そんなことを考えながら、次の書類へと向かうのだった。




