情報がない? じゃあ聞くしかないでしょ!
階段から落ちて三日目。
ようやく起き上がれるようになった私は、ベッドの上で腕を組んでいた。
(……この世界のこと、全然知らないわね、私)
思い返せば、メイアとしての六年間なんて――
・領主館の庭で遊んだ記憶
・姉リディアとケンカした記憶
・ミュネの手伝いをして怒られた記憶
・父に抱っこされて昼寝した記憶
……うん。可愛いけど役に立たない。
外の世界なんて、ほとんど知らない。
領地の地理も、他領地との関係も、王都がどれほど遠いのかも。
おまけにこの体は六歳。幼女らしく甘えられるけど、情報は集めにくい。
(八十九年も生きたのに、こんな初歩からなんて……)
ため息をついた時、扉がノックされた。
「メイア様、失礼しますよ」
低く穏やかな声。犬族の執事ガルドだ。
「ガルド! ちょうどいいところに!」
「お、お嬢様? その勢いは体に差し障りますよ……!」
「いいの、ちょっと教えてほしいことがあるの!」
私は身を乗り出してガルドの袖を引っ張った。
「この領地って、王都までどれくらいかかるの?」
「王都までは……荷馬車で三週間ほどでしょうか。ガリオン領を通れば最短ですが、通行税が高く……」
(やっぱり“三週間”は長いわね……物流は悪いし情報も遅い)
「じゃあ、エドラン領は?」
「そちらは遠回りでして、道も険しいのです。ただ、領主様は温厚なお方と聞き及んでおります」
ガルドは丁寧に答えてくれた。
さすが執事、情報が正確で助かる。
「ロウル領は?」
「南にありますが……ほぼ道がございません。湿地が多く、人の出入りもほとんどないかと」
(ほう、なるほど……地理はこんな感じか)
気づけば私は、前世の癖で頭の中に地図を描いていた。
北:通行税が高い ガリオン領
東:遠いけど安全 エドラン領
南:道なし ロウル領
西:海
(物流が弱い……これは改善のしがいがある)
ひとりで頷いていると、ガルドが首をかしげる。
「メイア様……大丈夫で?」
「だ、大丈夫よ! 次はね……領地の特産品って何?」
「特産品……でございますか? 魚と、穀物が少々。海は近いのですが、港が小さいもので……」
(海があるのに漁業が弱いの? もったいない!)
メモこそ取れないが、頭の中に情報がどんどん積み上がる。
そこへ、扉が半分開き、猫族メイドのミュネが顔をのぞかせた。
「メイア様、起き上がって大丈夫なんですか? ……って、またガルドさんを質問攻めにしてる!」
「ミュネも教えて! この家って、どれくらいの人が働いてるの?」
「えっ、わ、私にですか!? そ、それは……十数名ですよ。メイドが八人、厨房に三人、庭師が二人……」
「ふむふむ……」
「ふむふむって……六歳児の顔じゃありませんよ、それ……!」
ミュネにじとっと見られる。
(ごめんなさい……中身八十九歳なのよ)
「ミュネ。フェルナード領って、商人さんはよく来るの?」
「最近は減ってますねぇ。ガリオン領の通行税が上がりましたし、海路も整ってないので……」
(やっぱり! そうなると思った!)
もう私は興奮を抑えきれなかった。
「ありがとう二人とも! だいたい分かったわ!」
「……メイア様、本当に何を調べているのです?」
「ひ・み・つ!」
二人が顔を見合わせる。
どうやら完全に“ちょっと変わった子供”だと思われたらしい。
でもいいの。
私はこの世界で、もう一度人生をやり直すのだ。
そして――
六歳児の情報網は狭いってことがよーく分かった。
(でも、大丈夫。聞けばいいのよ。私は六歳なんだから!)
その日、異世界の“再スタート”を切った私は、
まず“聞き込み屋のメイア”として歩み始めたのだった。




