鉄の塊が示す地平
アステリアは、必死に目の前の光景を理解しようとしていた。
黒い鉄の塊が、決められた細い鉄の上を、まるで生き物のように進んでいく。
説明は受けた。
燃料と水で動く。人や荷を運ぶ。馬はいらない。
――理屈としては、分かる。
だが、理解が追いつかない。
「……」
足元に視線を落とす。
線路の脇を走る荷馬車。しかし、それもただの荷馬車ではない。
車輪の構造。足回りの補強。鉄で強化された軸。
「似ているが……まるで別物だな」
自領で使っているものと、根本が違う。
何がどう違うのか、正確には言語化できない。だが確実に、“効果”が違う。
アステリアは護衛の一人を呼び寄せ、低く指示した。
「この地の領主に伝えろ。技術者の派遣受け入れについて、正式な了承を得たいとな」
「はっ」
護衛はすぐに踵を返した。
アステリアは再び蒸気機関車を見る。
燃料と水があれば、動き続ける……
馬のように疲れない。だが、船と同じだ。維持管理が要る。恐らく放っておけば壊れる。
だからこそ、制御できる者が価値を持つ。
「……面白い」
今まで見たことのないもの。そして、まだ見ていないものが、ここには確実にある。
――この地は、ただの貧乏男爵領ではない。
一方その頃。
メイヤは敷設隊と地図を囲んでいた。
「この進捗だと、目的地まではあと数日ですね」
「うんうん。良い感じ」
メイヤは満足そうに頷く。
「急がなくていいからね。安全第一」
「はい!」
「急ぐとね、碌なことがないのよ」
現場の空気は明るく、張り詰めてはいない。
それでも、手は止まらない。
一通り確認を終え、メイヤは戻り周囲を見回した。
「……アステリアさんは?」
蒸気機関車の方を見ると、まだそこにいた。
「あら、まだ見てるのね」
世界初の代物だ。無理もない。
メイヤが歩み寄ると、アステリアは視線を外さずに言った。
「なあ、メイヤ」
「何でしょう?」
「この代物。燃料と水があれば、いくらでも動く――その理解で合っているか?」
「ええ。もちろん、維持管理は必要ですが」
「……成る程」
アステリアは顎に手を当てる。
「例えばだ」
「?」
「これを船に積んだら、どうなる?」
メイヤは一瞬、言葉を失った。
「いや、回転だ。この回転を海にどう伝える?オール?違うな……別の回転が必要か……」
ぶつぶつと独り言が続く。
……この人。メイヤは内心で息を呑んだ。
蒸気機関を見て、数時間でそこまで考える?
船。
回転。
動力の伝達。
――発想が、早すぎる。
メイヤは、ほんの少しだけ笑った。
なるほど……
この女領主は、ただの政治家じゃない。
好奇心と理解力を、確実に持っている。
「……面白い人が来ちゃったわね」
世界は、まだまだ広がる。
そしてその広がりは、思いもよらぬ方向からやって来るのだ。
蒸気機関車は、今日も静かに鉄の上を走り続けていた。




