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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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火縄の匂い、選択の距離

何だ、この臭いは――。


潮の香りでもない。鉄でもない。嗅いだことはないが、本能的に“嫌な類”だと分かる匂い。


南ロウル領の女領主――アステリアは、わずかに眉をひそめた。


……何かがある!


だが、“何があるのか”が分からない。

それが一番、厄介だった。


一方で。


こちら側――領主、近衛、機構隊長、リディア、そしてパナー以下の者たちは、誰一人として動揺していなかった。


理由は、ただ一つ。


――メイヤが、左手を上げたからだ。


それだけで、全員が理解した。


……出したな。


火縄だ!


あのお嬢ちゃん、やりやがった!


武器を向けたわけではない。構えたわけでもない。


ただ、“その匂い”が存在している。


それだけで、場の力関係は変わっていた。


「さて?」


メイヤは、口元だけで笑った。


「答えは?」


その声は、子供のそれだ。だが、響きは完全に“交渉の場”のものだった。


アステリアの護衛の一人が、一歩踏み出そうとして――止まる。


動けない。


目の前の少女は、何もしていない。

だが、“何かを出来る状態”にあることだけは、はっきりと伝わっていた。


「……このクソガキ」


アステリアが、低く吐き捨てる。


「沖の船に、私の兵が――」


「そうね?」


メイヤは、あっさりと遮った。


「沢山、居そうね」


その言葉に、アステリアの眉がぴくりと動く。


「でも?」


メイヤは、視線を左右に走らせた。


「今、ここに居るのは――軽武装の護衛が四人と、おじょーちゃん一人」


指を一本立てる。


「それに対して」


もう一本。


「こっちは、領主以下、訓練済みの近衛と機構、学生隊まで含めて、何人いるか……見えてる?」


沈黙。


波の音が、やけに大きく聞こえた。


「私だったらねー」


メイヤは、少し首を傾げる。


「貴女を捕虜にするかな」


「……なに?」


「そうすれば、領地から身代金を取れる」


淡々と、事務的に。


「それか、ここで討ち取って――“反王国派の反乱軍として上陸してきました”って話にするのも、悪くない」


一拍。


「どっちでも、うちにはプラスよ?」


護衛たちの顔色が、明らかに変わった。


それは脅しではない。選択肢の提示だ。


「この……クソガキ!!」


アステリアが声を荒げる。


「それでも貴族か!」


「またその話?」


メイヤは、うんざりしたように肩を竦めた。


「貴族、貴族って――」


一歩、前に出る。


「こっちはね」


声が、低くなる。


「貴族名乗っても、おまんま食っていけねーって話をしてんのよ」


一瞬、場の空気が凍った。


「私はね」


メイヤは、まっすぐアステリアを見る。


「“貴族”って肩書きが邪魔なら、捨てるだけ」


火縄の匂いが、ふっと濃くなる。


「だから聞いてるの」


笑顔のまま。


「どっちなの?」


王国派だと、この場で明言するのか。

それとも――。


「それとも、この領地が王国派だって情報を、他国経由で流す?」


一拍、置いて。


「それとも、直に反王国派へ?」


沈黙が、答えを待っていた。


選択の距離は――

もう、刃の届く場所にあった。

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