潮目を決めるのは、言葉ではない
「パナーさん、ありがとう。どうにか間に合ったわね」
浜辺の少し後方、茂みの中でメイヤは短く礼を言った。
息を切らしながらも、パナーは苦笑して首を振る。
「気にしないでください。それより……本当に、来てくれた六名には感謝ですね」
「ええ。感謝するわ。――でもね」
メイヤは振り返り、鋭く言い切る。
「ここに来る途中で説明した通りよ」
「いや、しかし――」
「しかしも糸瓜も無いわよ」
即答だった。
「これは私の命令。パナーさんが証人。異論は受け付けません」
「……へちま?」
パナーが小さく呟いた瞬間、メイヤは外套を翻し、前に出た。
「さーて。行くわよ」
その声に、周囲の空気が一段引き締まる。
――そして。
「……なにが、中立よ」
低く、しかしはっきりとした声が、浜辺に響いた。
「……げっ」
アステリア・ロウルの眉が、わずかに跳ねる。
「……メイヤ?」
「『余計な誤解は、早めに潰すに限る』?」
メイヤは一歩、さらに踏み出した。
「綺麗事ね。――それでも、貴女、領主様?」
空気が凍りつく。
「さっき、我が父が言ったでしょう?」
指を突きつける。
「二枚舌外交してるんじゃないか、って」
「……」
「『そんなことはしない』?」
鼻で笑う。
「それ、証拠出せる?それとも、こちらから会計官を出して、帳簿を全部確認させてくれる?」
「は?」
アステリアの護衛たちが、わずかに動いた。
「貴族として、私は――」
「貴族として?」
メイヤの声が、鋭く跳ねる。
「都合のいい言葉を使わないで」
一歩、また一歩。
「王国には従わない。でも“貴族”は名乗る?」
「……」
「貴族を通すなら、王国派でしょう?」
浜辺に、波音だけが残る。
「貴女の言ってることね」
メイヤは、冷静に、しかし容赦なく続けた。
「都合のいい所だけ拾ってるの。だから信用できないって話をしてるのよ」
視線が、真っ直ぐ刺さる。
「分かる?おじょーちゃん?」
「――この、クソガキ!」
アステリアの声が荒れる。
その瞬間。メイヤは、左手を挙げた。ぴたり、と。
それだけの動作。
護衛たちは即座に警戒態勢に入る。
アステリア自身も、反射的に身構えた。
――だが。
目の前の男爵領の兵は、誰一人として動かない。
父も。近衛隊長も。機構隊長たちも。リディアも。
全員がただ立っていた。
次の瞬間。風向きが変わる。ふわり、と漂ってきたのは――
「……?」
焦げたような、油のような。
アステリアの目が見開かれる。
「……さて」
メイヤは、ゆっくりと指を下ろした。
「どっちなの?」
静かな問い。
「それとも、この領地が王国派だって情報を、他国経由で流すつもり?」
一拍。
「それとも、直接、反王国派に?」
波が、強く砂を叩いた。
選択を迫られたのは――
中立を名乗る、女領主の方だった。




