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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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揺れる海とまだ名のない決断

報告書を机に置いた領主は、深く椅子に背を預けた。


「……しかし、うちからは何も出来ぬな」


静かな声だったが、そこに含まれる重さは、部屋にいる全員が理解していた。

両脇に立つ二人の隊長――近衛隊長と機構隊長も、言葉にはせずとも半分は同意している。


「お前達の言いたいことは分かるぞ」


領主は目を細める。


「正規軍が五百もあれば、という話だろう。参戦して王に恩を売る。それが出来れば、後々は大きな力になる」


だが、と彼は首を横に振った。


「現実はそう甘くない。今の我が領は、防衛と補給で手一杯だ。下手に動けば、こちらが崩れる」


近衛隊長が小さく息を吐く。


「……ですよね」


機構隊長も腕を組んだまま、無言で頷いた。


その時だった。


扉が乱暴に開き、伝令役が駆け込んでくる。


「た、たった今、大変です!」


息を切らしながら、叫ぶ。


「漁村より報告!沖合に一隻!南のロウル領船籍と思われる船が確認されました!」


部屋の空気が、一瞬で変わった。


「なに……?」


領主は即座に立ち上がる。


「このタイミングで、だと?」


近衛隊長が険しい顔で言う。


「反乱軍に加わっている可能性は?」


「それとも、王都側か……?」


機構隊長も視線を鋭くした。


ロウル領。

王国領ではあるが、長年“中立”を掲げてきた特殊な領だ。独自の外交官を立て、王都からの公式使節すら拒絶しているという話もある。


「中立を保っている……という建前か」


領主は低く呟いた。


「あるいは、どちらかに唆されたか……」


近衛隊長が尋ねる。


「向こうの領主との面識は?」


「以前、一度だけだ。王都のパーティーでな」


領主は記憶を辿るように言った。


「今は、女領主のはずだ」


敵か、味方か。


それを判断するには、情報が足りない。


だが――悠長に構えていられる状況でもなかった。


「……私も出る」


その言葉に、二人の隊長が同時に顔を上げた。


「軍を出す」


「……軍?」


近衛隊長が、思わず聞き返す。


領主は一瞬だけ沈黙し、それからはっきりと命じた。


「リディア隊を緊急招集だ」


その名が出た瞬間、空気が一段階張り詰めた。


「完全武装。即応態勢」


「それと、手の空いている者は全員、武装の上で待機させろ」


機構隊長が一歩前に出る。


「交戦前提、ですか?」


「いや」


領主は首を振った。


「まだだ。だが、こちらが“何も出来ない”と思われるのは、最悪だ」


力を示す必要がある。しかし、引き金は引かない。


「まずは、相手を見る。話せる相手なら、話す」


「話せない相手なら?」


近衛隊長の問いに、領主は窓の外――海のある方向を見た。


「その時は、その時だ」


短く、しかし揺るぎのない声だった。


王都は混乱し、反乱軍は遊撃戦を続け、各地の領主は静かに動き始めている。

そして今、この小さな男爵領の海に、ひとつの“波”が現れた。


それが嵐の前触れか、

それとも――新たな均衡の兆しか。


まだ、誰にも分からなかった。


ただ一つ確かなのは。


この領は、もう「何も起きない場所」ではなくなっている、という事だけだった。

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