裏ボス出現!砂糖イベント!強制発生
敷設隊の進捗報告書に目を通しながら、私は小さく頷いた。
……うん、ペースが上がってる。
最初は慎重すぎるくらいだった測量も、今では手際がいい。
地面の均し、枕木の配置、レール固定――どれも「身体で覚えた」動きだ。
「紫石の採掘場までは、思ったより早そうね」
運転士の育成は、正直まだ追いついていないけれど……まあ、それはそれ。焦る必要はない。
完成すれば終わり、じゃない。
敷設後の維持管理、点検、運用ルール――
「敷設隊から希望者をスライドさせて……鉄道課、かな。部にするほどじゃないし」
課長も部長もいない、超フラット組織。
この世界らしくて、悪くない。
そんなことを考えていた時だった。
「……ミュネ?」
ふと顔を上げる。
「何か、騒がしくない?」
「……確かに。調理場の方から、妙な気配が……」
「見てきて」
「はい!」
ミュネが駆け出していくのを見送り、私は一拍置いて立ち上がった。
「……私も行くか」
嫌な予感、というやつだ。
調理場の前に近づいた瞬間、空気が変わった。
……あ、これダメなやつ!
扉の向こうから、圧がある。
イベント発生音が聞こえそうなレベルの。
そして――
「メ〜〜イ〜〜ヤ〜〜〜!!!!」
低く、甘く、逃げ場のない声。
……来た!
我が家の裏ボス。
セリア――母、降臨。
その瞬間。
リディア:「……っ!」
彼女は一瞬で状況を理解し、敏捷判定:成功。影のようにその場から消えた。
ミュネ:「え、あ、えっ?」
逃げ遅れ、回避判定:失敗。
セリアの視線に捕捉され、完全に硬直。
そして私。
……足が、動かない。
ボス戦突入演出。
「なぁ〜に? メイヤ?」
にこやかな笑顔。目が笑っていない。
「貴方、砂糖の開発に成功したの〜?」
「……いえ、まだ“成功”とまでは……」
「じゃあ」
セリアの視線が、テーブルの上の小瓶に向く。
「これは、何かしら?」
「え……?」
私は一瞬、思考が停止した。
「……砂糖? 完成してる?」
その時だった。
「――奥様ぁぁぁ!!」
ナルトさん、確保。完全に捕縛状態。
「ど、どういう事かしら? ねぇ?」
「す、すみません! その……」
ナルトさんは、観念したように白状した。
「完成したんです。砂糖。ですが……リディア様に、口止めされまして……」
「なーぜー?」
「私が、楽しみ飽きたら自分から言うから、それまで内緒って……」
「……あの子……」
セリアの笑顔が、別の意味で輝いた。
私は即座に行動した。
「お母様! この件に関する書面は!」
「……?」
「既に、お父様に提出済みです!」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、セリアの動きが止まった。
「……そう」
次の瞬間、煙のように姿を消した。
完全撤退。さすが裏ボス、引き際も完璧。
静寂。
調理場に残されたのは、捕縛解除されたナルトさん、硬直解除されたミュネ、そして私。
「……はぁぁぁぁぁ……」
全力の溜息が、床に落ちた。
砂糖イベント、強制発生……
逃げ切ったリディアの顔が脳裏に浮かぶ。
後で覚えてなさい……
こうして、鉄道に続き、砂糖という新たな爆弾が、静かに、しかし確実に、領内を揺らし始めていた。
――次のイベント発生まで、あと少し。




