預けられた重み
領主の執務机に、一通の文が置かれていた。
封蝋に刻まれた印章を見た瞬間、誰からのものかは分かった。
「……エドラン領主、か」
文を開き、目を走らせる。
――我が軍勢、王都へ向かう。
引き続き、補給路の確保と補給、ならびに難民の保護をお願いしたい。
ここまでは想定内だ。
だが、その次の一文で、領主は指を止めた。
――それと、お願いが一つある。
我が娘、次女ナータを、お主の地で学ばせたいので準備が整い次第、受け入れを頼みたい。
「……お願い、ね」
文を机に置き、深く息を吐く。
これは……うちの領地をかっている、ということか?
対等な文面。命令でも懇願でもない。
だが、家族――しかも娘を預けるという意味を考えれば、それは事実上の“担保”だ。
人質、とは言わないが……信頼の重さとしては同じだな。
「ガルド!」
扉の外に声を掛ける。
「両隊長を呼べ!」
ほどなくして、機構隊長と近衛隊長が揃った。
「どうしました?」
領主は無言で文を差し出す。
「……ほぅ」
機構隊長が口笛を吹きそうになるのを堪えた。
「えらくかわれてますね」
「やっぱ、そう捉えるか?」
「当然でしょう。家族を預けるなんて、逆の立場なら分かりますが」
近衛隊長も腕を組む。
「受け入れないと不味い、ですよね?」
「当たり前だ」
領主は即答した。
「断った瞬間、関係が歪む。しかも今は戦時だ」
「……はぁ」
近衛隊長が天井を仰ぐ。
「苦労が尽きませんね」
ふと、機構隊長が周囲を見回す。
「……で、ですけど」
「ん?」
「この屋敷で預かるんですよね?」
「当然だ」
「……この、ボロっちい所で?」
一瞬、空気が凍った。
「伯爵家のご令嬢ですよ?」
「……」
領主は、はっとした。
――あ
完全に後回しにしていた問題が、今になって首根っこを掴んできた。
「……村の建築」
ぽつりと呟き、顔を上げる。
「一時、すべて中止だ」
「は?」
「この屋敷を建て直す」
二人が揃って目を見開く。
「エドラン伯爵には、現在建て直し中だと文を出す。完成次第、すぐ迎える、と」
「……了解です」
機構隊長は苦笑した。
「いやぁ……本当に、タイミングが良いんだか悪いんだか」
「良いわけがあるか」
領主は椅子にもたれ、再び文を見た。
「……それで、戦況に変化は?」
「ありそうですね」
近衛隊長が答える。
「ですが、王都方面の情報がさっぱりです」
「影は?」
「元々、こちらには数名しか配置していません。距離があり過ぎます」
「ガリオン領内の機構ですら、最近やっと連絡が取れたところです」
「……そうか」
領主は目を閉じた。
「まだまだ、流動的だな」
「ですね」
静かな沈黙が落ちる。
預けられたのは、娘一人分の命と信頼。
その重みが、この領地の上に、確かに乗った瞬間だった。




