走らせる者がいないので募集したら知り合いしか来なかった件
さて――。
これで、敷設そのものは動き出すはずだ。
タルトさんと学術員さんには、すでに「どこへ向かうか」は伝えてある。この編成なら、まずは測量、次に資材運搬、そして下地作り。世界初の試みなのだから、最初はどうしてもゆっくりになる。
それでいい。
むしろ、慎重すぎるくらいでちょうどいい。
「……あとは、丸投げね」
私は書類を一枚まとめて、机の端に置いた。
問題は――次だ。
運転手。
今、蒸気機関車を操作できるのは、タルトさんと、その仕組みを一から理解している学術員の一部だけ。
これでは、とてもじゃないけど“運用”とは言えない。
走らせる物はできた。敷く道も、作り始めた。
でも――
「走らせる人が、いない」
私は額に指を当てた。
これは、早めに動かないとまずいわね……
運転士は、一朝一夕では育たない。
機構の理解、圧力管理、速度感覚、異音への反応。下手をすれば、命に直結する。
となると――
「募集、よね」
私は紙を引き寄せ、内容を考え始めた。
学科テスト。簡単な算数。あとは、面接。
速度や距離、燃料消費。
全部「数」で考える仕事になる。
標識も、そのうち必要になるけど……それは、後!
問題は、募集の“名前”だ。
――蒸気機関車の運転士。
……通じないわね!
この世界には、まだ“それ”が存在していない。言葉が先にあっても、意味が伝わらなければ意味がない。
「乗り物……」
思い浮かぶのは、荷馬車だけ。
細かな操作ができて、感覚が良くて……
うん。
「……仕方ないわね」
私は鉛筆を走らせた。
荷馬車の操作が得意な方 募集
・細かな操作が得意な方
・若干名募集
・学科テストあり
・簡単な計算テストあり
・合格者は面接後、合否判定
・研修期間:数週間~数ヶ月
・研修期間中も給料支給
・期間制限なし
希望者はメイヤまで
書き終えて、少し眺める。
……うん、嘘は書いてない。
ただし。
“荷馬車”のつもりで来た人が、“蒸気機関車”を見ることになるだけ。
「……驚くでしょうね」
でも、それでいい。
世界が変わる瞬間は、いつだって、そんなものだ。
私は紙を揃え、パナーさんを呼ぶ準備をしながら、小さく息を吐いた。
走らせる物は、もうある。
あとは――
それを任せられる「人」を、見つけるだけ。
世界は、着実に前へ進んでいる。
思わぬ人物から、声が掛かった。
「ちょっと!メイヤ!」
「え!?何!?お姉ちゃん!?」
振り返ると、腕を組んだリディアが仁王立ちしている。
「この募集の内容って、あのおかしな動くやつ……の事?」
「あー、そうそう!蒸気機関車ね。どうしたの?」
「私、やりたい」
「……え?」
一瞬、思考が止まった。
「何よ。なんか文句ある?」
「い、いや……無いけど……」
咄嗟に別の理由を探す。
「領内の見回りとかは?」
「そっちは、たまにやる」
即答だった。……強い。
文字、計算、判断力。全部問題なし。
性格は――
言ったら殺されそうだな……
「……よし!」
ぱん、と手を叩く。
「合格!!」
「早っ!?」
「学術員さんのところ行って!あの動くやつの側にいる人!」
「分かったわ!」
颯爽と去っていく背中を見送りながら、私は呟いた。
……完全にコネだな。
「メイヤ殿!」
今度は低く通る声。
「近衛隊長!久しぶりね。どうしたの?補給部隊に問題でも?」
「いや、その件は問題ない」
一拍置いて。
「この募集の件なんだが……俺も応募したい」
「……え?」
「ん?この求人、仕事をしてちゃダメとは書いてなかっただろ?」
「……うっ」
確かに書いてない。
「だから問題ない」
堂々としている。
近衛隊長が蒸気機関車の運転士……?
頭の中で一瞬だけ絵面を想像する。
「……合格!」
「よし」
「例の動くやつの近くに学術員さんがいるから聞いて!教えてくれると思う!」
「了解した」
去っていく背中を見て、私は天を仰いだ。
……ツテで合格、二人目!
「メイヤちゃん〜」
最後は、聞き慣れた、のんびりした声。
「ロット爺ちゃん!」
「荷馬車の改造はどう?」
「もう後任も沢山おるでの〜」
そして、にっこり。
「ところで、この求人募集なんじゃが」
嫌な予感がする。
「あの黒くて動いとるやつじゃろ?」
「……うん」
「わしも応募した〜い!!」
「えぇっ!?」
「何じゃ?年寄りはダメか?ダメなのか?」
「年齢制限は書いてなかったぞ?」
確かに書いてない。
読み書き、計算、機械の勘。
どれを取っても超一流。
「……合格!!」
「おお!やったのう!」
「黒い奴の側に学術員さんがいるから聞いて!」
「了解じゃ!」
満足そうに去っていく背中を見送り、私は額に手を当てた。
……これ、大丈夫かな?
数時間後。
蒸気機関車の周り。
学術員さんが、目を見開いていた。
「……えーと……」
「やけに知ってる顔が多いんですが?」
私は、そっと目を逸らした。
募集内容は、間違ってない。ただ……来た人選が想定外なだけ。。
蒸気機関車は、静かに蒸気を吐いている。
その横で――
世界初の運転士候補たちは、身内率100%で集まっていた。
「……まあ、いっか」
私は小さく、そう呟いた。




