領主家、黒字転換とエルフ家庭教師
領主執務室。積み上がった帳簿を前に、父は震えていた。
「こ、これは……本当にうちの領地の数字なのか……?」
鉛筆とゴアゴア紙――。
原材料のほとんどは森と湿地から拾ってくる“タダ同然”の資源。
確かに人手こそ要るが、それを差し引いても粗利が異常なほど高い。
万年赤字が当たり前、補填続きだった領地経営は、メイヤの発明のおかげで、ついに真っ黒黒字へと転換を果たした。
父は震える手で新しい帳簿を撫でる。
「ああ……黒い……黒いぞ……。まさか我が領が、こんな数字を見る日が来ようとは……」
横で母もほくほく顔。
「今月からようやく“普通のご飯”が食べられますね。あら、あなた、肩の力が抜けてるわよ」
「抜けるに決まっておろう! 全てはメイヤのお陰だ……!」
そんな夫婦の幸福オーラ溢れる空間に、メイヤが勢いよく扉を開けて飛び込んできた。
「お父さま!! リディア姉さんを一発卒業させたいの!!」
二人は同時に固まった。
黒字の余韻が吹き飛んだ瞬間でもある。
「い、いきなり何を……?」
「優秀な家庭教師を雇いたいの! リディア姉さん、本当は学園行きたくないんだもん!」
父は驚きつつも――メイヤを見ると、どうしても売上の数字が脳裏をよぎる。
(……ここまで来られたのは、確かにあの娘の功績だし……)
母も苦笑しながら、夫の袖をつつく。
「あなた、あの子が言うなら聞いてみてもいいのでは?」
「う、うむ……!」
実のところ、父も母も今の王都学園には思うところがあった。
貴族社会の派閥だの、成績の裏取引だの、聞こえてくる噂も多い。
リディアの性格からして合うとは思えない――それは親として共通の心配だった。
「……実は、心当たりはある。年寄りだが、腕は本物の教師が一人おってな」
「え、年寄り……?」
「ただし条件があってな。教えるのはリディアだけでなく、メイヤ、お前も受験することだそうだ」
「えっ!? わ、わたしも!?」
突然の展開にメイヤは飛び上がった。
受験資格年齢に制限はない。
領主家の娘として、知識はあって困らない。
それに――父の“貧乏性”が完全に抜けていないのも事実だった。
「二人まとめて教えてもらえるなら、お得であろう!」
「お父さま……!」
こうして家庭教師招へいは即決された。
数日後。
「今日からお世話になります」
領主館の玄関に現れた人物を見て、リディアとメイヤは同時に息を呑んだ。
――金糸の髪が腰まで流れ、翡翠色の瞳。
白い肌に、森の精霊を思わせる優雅な立ち姿。
年寄りだど聞いていたはずのその人物は、どう見ても“若くて美しい女性”だった。
「え……エルフ……?」
「うそ、若っ!?」
女性は微笑み、軽くスカートの裾を摘んで礼をした。
「わたくし、エルフの家庭教師・セレスティアと申します。年齢は……まあ、気にしてはいけませんわ」
エルフの年齢は人族とは大きく違う。
年寄りでも若く見える、という噂は知っていたが――それにしても美しすぎる。
「さて、お二人。明日から地獄……いえ、楽しい授業を始めますわね?」
「い、今地獄って言ったよね!?」
「気のせいじゃないかしら。ふふっ」
こうして、リディアとメイヤの“卒業1発合格を目指す戦い”が始まるのだった。




