森と黒‥‥紫石
下準備は、着実に整いつつある。
蒸気機関車の試験も順調。
U字溝とコンクリの実験も成功。
温泉を引くための道筋は、もう見えている。
「……いよいよ、線路の設置ね」
メイヤは書類を閉じ、軽く伸びをした。
蒸気機関車が本格稼働すれば、資材輸送は一気に楽になる。
しかし――そこで、ふと一つの違和感が胸を掠めた。
「……あれ?」
燃料。
蒸気機関の燃料は薪だ。
今は問題ない。森は広く、切り出しも進んでいる。
だが。
建築ラッシュに、荷馬車、蒸気機関……全部、木を食う
一度気づいてしまえば、止まらない。
「……パナーさん」
「は、はい!」
「学術員の植物担当のところへ行くわよ」
「えっ、今からですか?」
「今だからよ」
学術棟の一角、植物担当の作業場。
苗床と鉢が整然と並び、若い学術員たちが作業していた。
「こんにちは」
「あっ、メイヤ様!」
「以前お願いしていた挿し木の件、進捗はどうかしら?」
学術員は即座に答える。
「はい。森から採取した挿し木は、種類によって発根率は異なりますが、すべて根を出しています」
「……必ず?」
「はい。確認済みです」
メイヤは小さく息を吐いた。
「成長速度は?」
「早いものと遅いものがあります」
「それなら――」
メイヤは迷いなく言った。
「成長が早い上位三種類を選定して、大量に苗木を作って」
学術員たちは一瞬顔を見合わせ、すぐに頷いた。
「ああ……ですよね」
「ですよね?」
「はい。実は既に、街の建築状況と伐採量を考慮して、大量育成を始めています」
メイヤは一瞬、言葉を失った。
「……もう?」
「ええ。まだ植林には小さいので、ここで育てていますが」
沈黙。
そして、メイヤは深く頭を下げた。
「……流石ね」
「木は重要資源です。成長が早くても数年単位。早めでも遅いくらいだと判断しました」
ちゃんと、長期で見てる。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「よろしくお願いします」
「はい!」
学術棟を出たところで、メイヤは空を仰いだ。
「……それでも」
木は燃やせば終わりだ。育てても、使えば減る。
「薪は……すぐに消える」
文明が、森を食い尽くして衰退した例を、彼女は嫌というほど知っている。
……他に、燃えるもの。
――その瞬間、ひらめきが落ちてきた。
「あっ」
「えっ?」
「また土の専門のところへ行くわよ!」
「は、はい!」
土系学術員の部屋で、地図が広げられる。
「黒くて、燃える石?……紫じゃなくて?」
「……紫??」
メイヤが首を傾げる。
「はい。紫色」
学術員は指で地図をなぞる。
「燃える紫石なら、ああ……」
地図の一箇所を指差す。
「領内北東、ここで見つかっています」
「用途は?」
「火力が強すぎて扱いが難しく、あまり使われていません。王都では鉄を溶かすのに使われているとか……ただし極秘扱いで」
メイヤは、ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほど」
薪の代替。
蒸気機関。
鉄道。
大量輸送。
点が、また一つ、線になる。
「ありがとう。詳しい調査、進めて。一部を採取して!」
「了解しました」
部屋を出たメイヤは、小さく笑った。
「……本当に、やる事が尽きないわね」
でも、その顔は楽しそうだった。
森を守るために。
文明を止めないために。
次の一手は、もう見えている。




