固さと脆さのあいだ
報告が来たのは、蒸気機関車の件が一段落した直後だった。
「メイヤ様、コンクリートの配合について進展がありました」
声の主は、例の土系学術員の代表格だ。
最近は報告のたびに“進展”という言葉がつくようになってきた。正直、それだけで胸が少し軽くなる。
「配合、解った?」
「はい。複数の比率を試した結果、安定して固まる配合を確認しました」
その言葉に、私は思わず拳を握る。
「それで?」
「メイヤ様が仰っていたU字溝と、その蓋を試作しました。完全に硬化するまでに二週間ほどかかりましたが、形状は問題ありません」
「よしよし……!」
つい、声が弾む。
これで温泉計画――“引く”という選択肢が、現実のものになった。
「いつでも出来るわね」
「はい」
少し間を置いて、その学術員が控えめに続けた。
「それと……一つ、思ったのですが」
「なに?」
「この素材、木枠さえあれば……建物にも使えますよね?」
一瞬、頭の中で想像が広がる。
型枠。壁。床。基礎。
「……理屈では、ね」
私は腕を組んだ。
「型枠と配合さえ安定すれば、どんな形でも作れる。丸でも四角でも……でも、それは“机上”の話」
「と、言いますと?」
「他に試作品、ある?」
学術員は少し慌てた様子で頷いた。
「小さいものですが、あります」
「じゃあ――それ、落としてみて」
「……へ?」
「いいから、落として」
半信半疑のまま、彼は小さな立方体状の試作品を持ち上げ、地面に落とした。
ばきっ――という乾いた音。
「……あ」
試作品は、見事に割れて、いくつかの破片になった。
「固いのに……」
学術員は呟く。
「そう。固いけど、脆い」
私はその破片を拾い上げながら言った。
「これじゃ建物には向かない。強度が足りないんじゃない。“粘り”が無いの」
「粘り……」
「例えば、砂だけじゃなくて砂利を混ぜるとか。あるいは――中に鉄の棒を入れるとかね」
一瞬、場が静まった。
「……なるほど」
学術員の目が、はっきりと変わる。
「割れにくくする、という発想ですね」
「そう。硬さだけじゃ駄目なの」
内心では、ほぼ答えを言っている自覚はある。でも、全部を教えるつもりはなかった。
私は“気付くきっかけ”を投げるだけでいい。
「また実験ね」
「はい!」
その返事は、迷いの無いものだった。
私は小さな試作品を手に、ロウガの元を訪ねていた。
「メイヤか。悪いな、まだ種は来てねぇぞ」
「今日は別件」
私は手の中のそれを差し出した。
「この前の“名も無い石”、覚えてる?」
「あー……エドラン領で土砂崩れの後に出たってやつか」
「それ」
ロウガは受け取り、首を傾げる。
「石……だよな?」
「それを焼いて、砕いて、水と混ぜた」
簡単に説明すると、ロウガの表情が徐々に変わっていく。
「……なるほどな」
彼は低く唸った。
「試験は成功。まだ改良の余地はあるけど、使い道は多い」
「……タダでもらった石に、そんな価値が出るとはな」
腕を組み、しばし考え込む。
「すぐに大量に要るのか?」
「今すぐじゃないわ」
「なら、少し時間をくれ。話を通しておく」
「助かる」
私は軽く頭を下げた。
名も無い石。捨てられるはずだった土砂。
それが、今や領地の未来を支える“材料”になろうとしている。
……ほんと、世界は面白い。
そう思いながら、私は次の実験のことを考え始めていた。




