鉄の道はまだ短く
蒸気機関車が完成した、という報告が上がってきたのは数日前のことだった。
正確に言えば「本体は完成したが、走らせる場所がない」という、なんとも歯がゆい状況だったのだけれど。
「レールが数十本完成しました」
そう報告を受けた瞬間、私は立ち上がっていた。
「じゃあ、見に行きましょうか」
こういうのは、報告書を読むより現物を見るに限る。
工房の外れ、仮設の保管場に並べられた鉄の棒――いや、鉄のH型の部材。
近くで見ると、一本一本が想像以上に重く、そして無骨だった。
「……うん。数は、まだ全然足りないわね」
正直な感想だった。
数十本。
直線を少し並べれば、それで終わりだ。蒸気機関車を本気で走らせるには、あまりにも短すぎる。
「テスト線路は、予定通りで行きます」
集まっていた学術員と作業長たちに向けて、私は説明を始めた。
「楕円形の周回路を一本。その内側に“八の字”を組み込みます」
紙に簡単な図を描く。
「外周は安定走行の確認用。内側は――」
私はペン先で交差部分を指した。
「急カーブ、直線、ポイント切り替え、交差。全部を一度に試せる構造です」
「なるほど……」
「これなら、問題点が一気に洗い出せますね」
頷きながら、学術員たちがメモを取っていく。
「今あるレールでは、どちらか一部しか作れません。だからまずは本数を増やす。その間に、路盤と枕木の試作を進めてください」
「了解しました」
鉄だけあっても意味はない。
下を支える土と木、その精度が走行の安定性を決める。
説明を終えた私は、奥の作業場へと足を運んだ。
――そこに、いた。
「……あれが」
小さな蒸気機関車。
思わず、足を止めて見入ってしまう。
想像していたよりも、ずっと露骨な造形だった。
丸い胴体に、むき出しの配管。煙突は短く、全体的にずんぐりしている。
「可愛い……」
口をついて出た感想に、周囲の職人たちが苦笑した。
「初号機ですからね。飾り気はありません」
「いいの。むしろ好きよ、この感じ」
機能優先。無駄を削ぎ落とした結果の姿だ。
人族基準なら、座席は二人で肩が触れるか触れないか。
獣族の大柄な体格なら、一人がちょうどいいだろう。
「本命は貨車ですしね」
私の言葉に、タルトさんが大きく頷く。
「そうだ。運ぶのは人より物だ」
強化型荷馬車で、輸送の重要性は嫌というほど学んだ。
これは、その延長線上にある。
「問題は……」
私は機関車の側面に手を置いた。
「加速と減速、ブレーキ。それと長時間運転時の安全性」
「そこは、試験走行で洗い出すしかありませんな」
「ええ。だからこそ、テスト線路が必要なの」
完成してから考える、はもうやらない。
作りながら、動かしながら、壊しながら、直していく。
それが、ここまで積み上げてきたやり方だ。
私はもう一度、鉄の塊を見上げた。
「……まだ、短い道ね」
今は、数十本のレールしかない。
走れる距離も、ほんのわずかだ。
でも。
「それでも、確実に“道”は出来始めてる」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
この鉄の道は、まだ短い。
けれど、ここから先はいくらでも延ばせる。
蒸気を吐き、鉄の上を走るその日を思い浮かべながら、私は再び作業指示を出すため、踵を返した。
鉄の道は、もう止まらない。




