気になる種は未来の味
植物図鑑を閉じて、私は小さく息を吐いた。
「……やっぱり、気になるわよね」
アブアブの実。そして、テンテン菜。
片方は油、もう片方は砂糖――かもしれない可能性の塊だ。
特にテンテン菜の記述が、どうにも引っかかる。
動物への飼料として育てる地域もある。食用には向かず、アクが強く泥臭い。
書き方が、どこか歯切れが悪い。
「“そのまま食べると”って意味よね、これ」
甜菜だって、最初から甘いわけじゃない。煮詰めて、精製して、やっと砂糖になる。
知識が無い世界では、“食えない植物”で終わってしまうのも無理はない。
「……やっぱり、試さない理由が無いわ」
そう決めた私は、外套を羽織ってそのままロウガさんの所へ向かった。
「アブアブの実とテンテン菜?」
ロウガさんは、帳簿から顔を上げて眉をひそめた。
「随分とマニアックな植物を探してるな」
「そんなに?」
「普通は名前すら知らねぇ。アブアブの実は一部の地方で油を絞るくらい。テンテン菜は……家畜用だな。人間はまず食わねぇ」
「やっぱり」
私は内心で頷いた。
「各一キロくらいでいい?」
「十分だよ。来たら声かけて」
「おう、解った」
ロウガさんはそう言いながら、どこか“また始まったな”という顔をしていた。
でも、止めようとはしない。
――それが、この領地の空気だった。
屋敷へ戻る道すがら、私は考える。
油が取れれば、揚げ物が増える。
揚げ物が増えれば、保存と栄養の幅が広がる。
砂糖が取れれば、保存食、菓子、加工食品、あらゆる可能性が開く。
どれもすぐに結果が出る話じゃない。
失敗するかもしれない。
それでも――
「こういう“気になる”を潰さないでいられるの、贅沢よね」
誰かに命じられているわけでもなく、戦のためでもない。
ただ、未来の選択肢を一つ増やすためだけの試み。
私は、少しだけ嬉しくなった。
数日後、種が届くその時を思い浮かべながら。
――次に領地の食卓に並ぶ“当たり前”は、
案外、こんなところから始まるのかもしれない。
そう思いながら、私はゆっくりと歩を進めた。




