油の価値、種の可能性
久々にチキンカツを食べた。
「……はぁ、美味しい」
思わず声が漏れる。
衣はさくり、中はふっくら。噛めばじゅわっと肉汁が広がる。
それでいて、不思議なほど胃が重くならない。
「この身体、ほんと便利ね……」
前世の感覚なら、揚げ物をこれだけ食べれば多少の胃もたれは避けられなかったはずだ。
やはり若い身体というのは、それだけで反則級の性能を持っている。
だが――。
「やっぱり、油は贅沢品よね」
使った量は控えめだ。それでも調理場は少し緊張していた。
この世界で油は、基本的に「高級素材」に分類される。
現状、この領地で主に使われている油は、木の実由来のものだ。
香りが良く、質も高いが、その分どうしても収量が少ない。
(オリーブ油とか、椿油に近い感じね)
日常的に大量消費するには、どう考えても向いていない。
揚げ物文化が根付かない理由も、これで納得だった。
「普及させるなら、もっと“安い油”が必要よね」
候補はいくつか頭に浮かぶ。
大豆油。
確かに優秀だが、大豆そのものがまだ貴重な作物だ。
味噌や醤油、加工食品に回したい現状を考えると、油にする余裕はない。
「となると……」
次に思い浮かぶのは、菜種油。
(似たような植物、この世界にもありそうなのよね)
育てやすく、収量が多く、用途も広い。
前世では、まさに庶民の味方だった。
「……よし、聞いてみましょう」
私は学術棟へ向かった。
学術員の執務室で、植物担当の学術員に声をかける。
「一年草で、小さい種がたくさん取れる植物って、あります?」
学術員は少し考え込み、首を傾げた。
「それでしたら、数多くありますが……」
「……よね」
聞き方が雑すぎた。自分でもそう思う。
「ごめんなさい、聞き方が悪かったわね」
少し考えて、別の角度から切り出す。
「油を多く含む種子を持つ植物を探しているの」
「油、ですか」
学術員の目が、少しだけ真剣になる。
「それでしたら、文献を当たるのが確実かと」
「植物図鑑みたいなものはある?」
「はい。完全ではありませんが、領内で確認されている植物をほぼ網羅したものがあります」
そう言って、棚から分厚い本を取り出してくれた。
「お借りしても?」
「どうぞ。ゆっくりご覧ください」
部屋に戻り、机に図鑑を広げる。
(さて……地道な作業ね)
ページをめくりながら、形、花、種の記述を一つずつ確認していく。
「……これは違う」
「これも違うわね」
焦る必要はない。
今日はのんびりする予定の日だ。
(それに、目的以外のものが見つかるかもしれないし)
薬用植物、食用植物、繊維が取れるもの――
眺めているだけでも、なかなか楽しい。
そして、数十ページ目。
「……ん?」
私は手を止めた。
「アブアブの実……?」
挿絵を見た瞬間、心臓が少し跳ねる。
(……アブラナ、そのものじゃない)
細長い茎。小さな黄色い花。実の形状も、記憶の中のそれとよく似ている。
説明文に目を走らせる。
――一年草
――育てやすい
――土地を選ばない
――葉や茎は食用可
――種子に油分を多く含む
「……当たり、じゃない」
思わず笑みがこぼれた。
初心者向け。土地を選ばない。
この領地にとって、これ以上ない条件だ。
「油だけじゃなく、葉も食べられるなら無駄も出ないし」
作物としても優秀すぎる。
「よし」
私は図鑑を閉じ、すぐに次の行動を決めた。
「ロウガさんに頼みましょう」
種の入手。量の確保。そして、試験栽培。
(上手くいけば、油の概念そのものが変わる)
揚げ物が、特別な料理ではなくなる日が来るかもしれない。
「……ほんと、暇な日は暇なりに進むわね」
そんなことを呟きながら、私は次の文を書き始めた。
静かな一日。
けれど、確実に未来へ繋がる一歩だった。




