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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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揚げるという発想

今日ものんびり出来そうね。


窓から差し込む陽の光を眺めながら、私は椅子に深く腰掛けて小さく伸びをした。

戦もなく、会議もなく、報告書に追われる気配もない。こういう日が続くと、逆に何をしていいのか分からなくなるものだ。


「さて……何をしようかしら」


ふと思い浮かんだのは、食事のことだった。


最近は難民も増え、領内の人口も増え、食卓の重要性は以前にも増して大きくなっている。

食べることは生きること。美味しいものがあれば、心も少し前を向く。


「食事のレパートリー、そろそろ増やしてもいいわよね」


和食系は、だいたい再現出来ている。

炊き込みご飯、味噌風の汁物、煮物、焼き魚。

それらは以前、料理人たちにまとめてレシピとして渡してあるから、今では私が口を出さなくても安定して出てくる。


「……そういえば」


ふと、王都に滞在していた頃を思い出す。


「あまり……揚げ物って見なかったわよね」


焼く、煮る、蒸す。

それらはどこでも一般的だったけれど、油をたっぷり使って“揚げる”という調理法は、ほとんど見かけなかった。


油は貴重だし、管理も大変。

火加減も難しい。危険も伴う。


だからこそ、発想として定着していないのかもしれない。


「でも……」


不意に、記憶の奥から香りが蘇る。


衣のサクッとした感触。

中から溢れる肉汁。

噛んだ瞬間の満足感。


「……食べたくなってきた」


思わず小さく笑ってしまった。


「とんかつは……さすがに無理ね」


豚はまだ数が少ない。繁殖優先で、とても食用に回せる段階じゃない。


「なら……チキンカツなら?」


ピヨピヨ達――もとい鶏は、かなり増えていると聞いている。

市場にも出回り始めているし、領内でもチキンソテーや煮込みは普通に食卓に並ぶようになった。


肉の調達には、問題なさそうだ。


「油と……衣か」


小麦粉はある。卵もある。パン粉は……無ければ作ればいい。


「うん、出来そうね」


考えれば考えるほど、現実味が増してくる。


揚げ物が定着すれば、食事の満足度は跳ね上がる。油の使い方も広がる。

副産物として、調理技術そのものも底上げされる。


「これは……試す価値、あるわね」


私は椅子から立ち上がり、軽く身支度を整える。


「調理場に、声かけてみましょう」


失敗してもいい。

焦がしてもいい。

油を無駄にしてもいい。


それでも――


「美味しい、は正義だもの」


そんな当たり前で、でもこの世界ではまだ珍しい発想を胸に、私は調理場へ向かって歩き出した。


今日の領内は、きっと少しだけ油の香りがする。

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