育つ八十八穀と迫る“別れ”の知らせ
湿地に植えた八十八穀は――驚くほど順調に育っていた。
「早い……絶対成長早いってこれ……!」
私が苗を植えてから、まだ一か月も経たないのに、もう腰の高さに迫っている。
前世の“米”よりも明らかに早い。
風に揺れる白緑色の穂が、なんとも頼もしい。
「メイヤ、ここの水……ちょっと多いかも」
湿地を見回っていたリディアが指差す。
うん、確かに水が深い。
「流れ込みを少し閉めて、反対側は開けて…調整しよう!」
ミュネが腰まで泥に浸かりながら、慣れた動きで土を積んでくれる。
私もリディアも、もう泥まみれには慣れてしまった。
◇◆◇
問題は――雑草、そして鳥だった。
「メイヤ様! “雀”がまた来てますぞ!」
農民のおじさんが鍬を片手に叫ぶ。
……ただの“雀”じゃない。
この世界の「雀」は前世の“鴨サイズ”。
で、“鴨”は逆に“雀サイズ”。
紛らわしい! 本当に紛らわしい!!
「やめてぇぇぇ! 八十八穀の苗を食べないでぇぇぇ!」
バサバサバサッ
巨大雀(=鴨サイズ)が、稲の上にダイブ。
重さで稲がしなるし、食欲も旺盛。
こんなの前世の田んぼでは見たことがない。
農民たちは慣れているようで、次々に罠を張りはじめた。
「メイヤ様、捕れましたぞ!」
罠にかかった“雀”は、まるまる太っていて、おいしそう……ではある。
「捕まえた鳥は皆さんで分けてください! 私も一羽もらいます!」
「へへ、お嬢様の作物守った礼でっせ」
その横で――
ヒュッ……!
「落ちた!」
リディアが弓を構え、見事に一羽を仕留めていた。
「リディア!? めっちゃ逞しい!!」
「う、うるさい! 弓の練習はしてるもの!」
顔を赤くしつつも誇らしげだ。
……この子、やればできる子だ。
◇◆◇
そんな鳥軍団との戦いと雑草取りを繰り返すうち……気づけば半年が過ぎていた。
◆ ホクホク芋、順調そのもの
「見てメイヤ様! この蔓の勢い!」
村の畑で育てられているホクホク芋は、どれも葉が元気よく茂り、土の中で太っているのが分かる。
(さつまいも?……本当に強い……!)
苗の取り方も農家たちがすっかり覚えてくれて、もう来年からは各家庭でも勝手に増える状態だ。
食糧面は確実に改善している。
少しずつ。でも確実に。
◆ 八十八穀も、収穫間近
風に揺れる穂は白金色。
農民の一人が、穂をそっと指で弾いた。
「……もうすぐ刈り取りですな」
「本当に……半年でここまで来るなんて……!」
私は胸が熱くなる。
そんな時だった。
「メイヤ……やっと……間に合った……!」
リディアが穂の海を見つめ、涙ぐんで笑っていた。
「え……どうしたの?」
「わ、私……あと半年で王都の学園に行くから……。だから……収穫は、見られないと思ってたの……!」
「えっ!? 学園!? 行くの!?」
初耳だ。
私は本気で驚いた。
リディアは少し寂しげに笑う。
「貴族の子は、ほとんどが行くの。義務みたいなものなのよ」
「でも……行きたくないって顔してる」
「……そりゃあ……行きたくないわよ……。メイヤやミュネと離れたくないし……学園なんて、知らない人ばっかりで……」
胸がぎゅっと締めつけられた。
農民が穂を揺らして帰っていく夕暮れの湿地で、
リディアの言葉が、風より強く心に刺さる。
――行きたくないなら、行かせたくない。
でも貴族の義務で、断れるのは病気など特別な理由だけ。
しかも学園では人脈形成が重要。しかしその為に学力等の低下が起きているらしい。またただ暇つぶしに来ている大貴族や大商人の息子、娘達。
入試テストで点数次第で卒業を勝ち取る制度もあるけれど、そんな人は今まで数名しかいない。所謂1発卒業!
だったら。
だったら……!
「リディア。行きたいとか行きたくないとかじゃなくて――」
私は手帳をぎゅっと握りしめた。
「行きたくないなら、“行かないで済む方法”を考えよう」
リディアが驚いた顔で私を見る。
「め、メイヤ……?」
「私、動く。絶対にどうにかする!」
風が吹いて、白い穂がざわざわと揺れた。
湿地の真ん中で、私は本気で決意した。
――リディアを守るために。
――大事な姉を、泣かせないために。
ここから、メイヤの“学園制度との戦い”が始まった。




