少し離れた場所から
「これで実験は出来るね」
運び込まれた石の山を眺めながら、私は一つ頷いた。
馬車五台分。量としては十分すぎるほどだ。これなら配合を変えたり、失敗したり、思い切った試行もできる。
でも――今回は、私はあまり口を出さない。
何でもかんでも自分で指示して、自分で決めて、自分で動く。
それも悪くはないけれど、そればかりだと「私がいないと回らない領地」になってしまう。
学術員たちも、土系に強い人材も、鍛冶も木工も、ちゃんと育ってきている。
なら少し引いた場所から、任せて、見て、必要な時だけ手を差し伸べる。それも領主の仕事だ。
「……今日はお休みにしよ」
そう決めた私は、部屋を出てミュネを呼んだ。
「ミュネー。今日は外に出ようか」
「え?いいんですか?」
「うん。実験は向こうで勝手に盛り上がるだろうし。私がいると逆に静かになるから」
ミュネは少し不思議そうに笑ってから、すぐに準備を始めた。
「じゃあ、お外でお昼にしましょう! ピクニックですね!」
「そうそう。たまにはね」
外は穏やかな陽気で、風も柔らかい。
領都の中を歩くと、以前よりもずっと人が増え、声が増え、音が増えているのが分かる。
遠くでは木工場の槌の音。
別の方角からは鉄を打つ高い音。
どれも、ちゃんと動いている証拠だ。
「……お姉ちゃん、今日は何してるんだろ」
ふと気になって、広場の方へ足を向ける。
いた。
やっぱりいた。
広場の端、日陰になった場所で、周囲を観察するように立っているリディアの姿。
何もしていないようで、何かをずっと見ている――いつものお姉ちゃんだ。
「おーい!お姉ちゃん!」
声をかけると、すぐにこちらを向いた。
「メイヤ?どうしたの?」
「一緒にピクニック行かない? ミュネも一緒」
「いいわね」
即答だった。
「じゃあ、私の馬で行きましょうか」
「ミュネもいるよ?」
「……あ」
一瞬考えてから、リディアは肩をすくめた。
「じゃあ、私も歩くわ」
「それが平和でいい」
三人で並んで歩く。
馬も剣もクロスボウも、今日は控えめだ。
……と思った、その時。
「ピシュー!」
乾いた音が一瞬だけ響いた。
「何!?どうしたのよ、お姉ちゃん!?」
振り向くと、リディアはすでにクロスボウを構えて、さっきまで誰もいなかったはずの建物の影を睨んでいた。
「いや?何となく」
「何となくで構えないで!」
「でも、見られてる感じがしたのよ」
「それ、前から言ってるやつでしょ……」
リディアは首を傾げる。
「たまにね。本当に“何となく”なんだけど」
「気のせいよ、気のせい。ここ領内だし」
「……そうね」
クロスボウを下ろしながらも、リディアの視線は一瞬だけ、別の方向へ流れた。
遠く。
人の流れの向こう。
何でもない空間。
その様子を見て、私は内心で小さくため息をついた。
……相変わらず勘が鋭すぎる。
でも今日は、それ以上何も起きなかった。
少し離れた草地で敷物を広げ、簡単な食事を並べる。
ミュネは嬉しそうにお茶を注ぎ、リディアは珍しく武器から距離を置いて座った。
「こういうのも悪くないわね」
リディアがぽつりと言う。
「でしょ?」
「いつもなら、何か起きないかって周りばかり見てしまうけど……今日は静かだもの」
「たまには何も起きない日が必要なの」
私は空を見上げた。
雲はゆっくり流れて、鳥が一羽、遠くを横切る。
実験は進んでいる。
領地も進んでいる。
人も、仕組みも、ちゃんと動いている。
だから今日は――
少し離れた場所から、それを眺めるだけ。
そんな日があっても、いい。




