名前のない石
メイヤは静かに息を吐き、机の前に集まった面々を見渡した。
呼び集めたのは、学術院の中でも土系に強い者たちだった。
農業担当、地質調査員、鉱石分析を得意とする学術員。実務寄りの人材ばかりで、理論一辺倒の顔はない。
「今回の目的は、はっきりしているわ」
メイヤは一枚の紙を広げる。そこには、粗いながらもU字型の溝と、その上に蓋を被せた図が描かれていた。
「コンクを作る」
ざわ、と小さく空気が揺れた。
「完成すれば、温泉の引き込みに使える。排水溝にもなるし、道路にも応用できる。無駄にはならない」
全員が頷いた。
夢物語ではなく、「必要だから作る」という空気がそこにはあった。
「前提条件を共有するわ」
メイヤは指で図をなぞりながら続ける。
「私の知識では、材料は三つ。石灰、砂、水。石灰石を焼いて作る“生石灰”を水と混ぜ、砂と配合すると固まる。詳しい配合比は分からないけど、正しい比率と水量なら固まることは確か」
学術員の一人が手を挙げる。
「メイヤ様。その“石灰石”ですが……この領内、いえ、近隣でもその名の石は確認されておりません」
「予想はしてた」
メイヤは即答した。
「名前が違うだけで、同じ性質の石がある可能性が高い」
地質担当が資料を広げる。
「白色〜灰白色で、比較的柔らかく、酸に反応する石……という認識でよろしいですか?」
「ええ。焼くと性質が変わるはず」
鉱石担当が目を輝かせる。
「それなら候補は幾つかあります。装飾用にも建材にも使われない、価値の低い石灰質の岩が――」
「それを探す」
メイヤはきっぱりと言った。
「名前は要らない。性質が一致すれば、それでいい」
農業担当が続ける。
「焼成後の反応確認と、粉砕。砂との配合実験、水量の調整……相当数の試作が必要になります」
「覚悟の上よ」
メイヤは微笑んだ。
「完成しなくても、知見は残る。完成すれば、領地の“基礎”が変わる」
一瞬の沈黙の後、全員が深く頷いた。
「目標は明確だ」
メイヤは宣言する。
「石灰石に相当する石の特定。焼成後の性質確認。配合比の探索」
「それが成功すれば?」
誰かが問う。
「U字溝を作る。蓋をする。温泉を引く」
そして小さく付け加えた。
「……ついでに、排水も街づくりも、ずっと楽になる」
学術員たちの顔に、はっきりとした熱が宿った。
誰もが理解していた。
これは単なる研究ではない。
この領地の形を変える仕事だと。
こうして、名前のない石を探す試みが始まった。後にそれが、領地の至る所に使われる素材になることを、この時点で知る者はいない。
ただ一つ確かなのは――
また一つ、メイヤの「生活のための発想」が、静かに動き出したという事だけだった。




