湯気の向こうで地図は続く
メイヤは机いっぱいに広げた地図を、じっと見つめていた。
領内全域を描いたその地図は、ようやく完成したばかりのものだ。
道、集落、農地、工房、倉庫、河川、そして――例の“熱い池”。
……ここだよね
赤い印で囲まれた山間部の一点。
自然に湧き出す高温の水。最初は誰も近寄らなかった場所だが、今では調査の結果、明確に「資源」として認識している。私は。
コンコン。
扉を叩く音に、メイヤは顔を上げた。
「メイヤ様、お茶の準備ができましたので」
「ありがとう、ミュネ。入って」
ミュネが盆を持って入ってくると、部屋にほのかに茶の香りが広がった。
「今日はお部屋にこもって珍しいですね」
「そうね。今日は領内を、もう一度ちゃんと見直したくて」
ミュネは地図に目を落とし、少し目を輝かせた。
「領内の地図、やっと完成しましたからね。何か気になる所でも?」
「うん……ここ」
メイヤは例の場所を指差す。
「あ、ありましたね。あの……熱い池」
「そう。名前も決めたわ。“温泉”って呼ぶことにする」
「温泉……いい名前ですね」
メイヤは小さく頷き、続けた。
「この温泉をね、ここまで引けないかと思って」
指先が示したのは、領都の外れ――人が集まり始めている区域だった。
ミュネは少し考え込み、素直に口にする。
「でも……ここまで引くと、途中で冷えてしまいますよね?」
「そこなのよ」
メイヤは椅子にもたれ、天井を仰いだ。
「どうやって“冷やさずに”引くか。そこが問題」
「なるほど……」
ミュネは感心したように頷く。
「何かいい考えが浮かぶといいですね」
「本当ね」
メイヤは再び地図に目を戻す。
パイプで引くのが一番なのは分かってる
頭の中で、可能性を一つずつ潰していく。
でも今は、蒸気機関車で手一杯。鉄は全部そっちに取られてるし。
木製パイプ?……木工は強化型荷馬車の増産と改造で限界。
「……詰んでるなぁ」
思わず小さく呟く。
となると、全然別の材料……?
ふと、記憶の底から引っかかる言葉が浮かび上がった。
「……コンクリ?」
メイヤは眉を寄せる。
「コンクリって……何から出来てたんだっけ?」
指で机をトントンと叩きながら、記憶を探る。
確か……石を砕いたもの……砂……それに……
「水、だよね」
ミュネが首を傾げる。
「コンクリ……ですか?」
「うん。えっとね、確か――」
メイヤは、思い出せる範囲でゆっくりと言葉にする。
「石灰石を焼いて粉にしたもの……それに砂や砂利を混ぜて……水を加えると固まる」
「固まる……石みたいに、ですか?」
「そう。時間が経つと、かなり丈夫になる」
ミュネは目を丸くした。
「そんな便利な物が……」
「問題はね」
メイヤは指を立てる。
「石灰石が手に入るか、焼く設備そして……ここで本当に同じ反応をするか」
「確かに……」
「でも」
メイヤは地図を見下ろし、静かに笑った。
「試してみる価値はある」
蒸気機関。
荷馬車。
レール。
――ここまで来たのだ。
だったら、温泉ぐらいで立ち止まってられないよね。
メイヤはペンを取り、新しい紙に文字を書き始めた。
「まずは小規模試験……石灰石の調査から」
ミュネはその背中を見ながら、ふっと微笑む。
また始まったわね
けれど、その表情はどこか誇らしげだった。
地図の上には、まだ描かれていない線がいくつも残っている。
湯気の向こうで、領地は――そして未来は、まだまだ続いていた。




