理解はしたが受け入れきれない
「……理解は、した」
お父様はそう言って、深く、深く息を吐いた。
目の前には、煙を吐く奇妙な塊。
鉄で出来た箱に、筒。回る歯車。脈打つように動く棒。
それが一定のリズムで「しゅう、しゅう」と音を立てている。
「理屈も、説明も、報告書も……全部読んだ。現物も見た」
その横で、タルトさんが腕を組み、ブルーさんが興味深そうに機構を覗き込んでいる。
学術員たちは既に半分諦め顔だ。
「だがな」
お父様は額を押さえた。
「受け入れきれん」
「えー?」
思わず声が漏れた。
「何でですか。ちゃんと動いてますよ?」
「動いているのが問題なのだ!」
お父様は声を荒げる。
「水を沸かして!その蒸気で!!」
「理屈は単純ですって」
「単純であってたまるか!」
その場にいた全員が、ああ始まった、という顔をする。
「そもそもだな!勝手に動くなど聞いたことがない!」
「強化型荷馬車の時も似たような事を言ってましたよね?」
「……あれは、まだ理解の範囲内だった」
お父様は視線を逸らした。
「だがこれは違う。」
近くで聞いていたタルトさんが、肩をすくめる。
「まあまあ領主様。俺も最初は意味分かりませんでした」
「お前が言うと余計不安になる」
「でもよ、動いてるのは事実だ」
タルトさんは蒸気機関を軽く叩く。
「人の力を使わず、疲れもせず、同じ力を出し続ける。木も切れるし、嘘は無い」
お父様は黙り込んだ。
煙が空に溶けていく。
「……問題はな」
お父様はぽつりと言った。
「これが“出来てしまった”事だ」
「?」
「理解した。理屈も、使い道も、利益もだ」
お父様は私を真っ直ぐに見た。
「だが、それでもなお、受け入れきれん」
「何がです?」
「世界の進み方だ」
一瞬、空気が静まった。
「人が汗を流し、時間をかけて、少しずつ積み上げてきたものを」
お父様は見る。
「お前は、数枚の紙と数度の失敗で、飛び越えていく」
「……」
「いや、責めている訳ではない」
お父様は苦笑した。
「むしろ、誇らしい。誇らしすぎて困っている」
「それ、褒めてます?」
「半分はな」
その時、蒸気機関が「ぷしゅう!」と大きく音を立てた。
お父様は肩を跳ねさせる。
「……やはり怖い」
「慣れですよ、慣れ」
「慣れるか!」
周囲から小さな笑いが起きる。
お父様はもう一度頭を抱えた。
「理解はした。だが心が追いつかん……今日はここまでだ」
「逃げましたね」
「戦略的撤退だ!」
そう言い残し、父は足早にその場を離れていった。
残された私は、蒸気機関を見上げる。
「……まあ、いつもの事か」
タルトさんが豪快に笑った。
「そのうち慣れるさ。どうせまた驚く羽目になる」
「次は何をするつもりだ?」
ブルーさんがにやりと聞く。
私は少し考えてから、答えた。
「安全確認と量産体制ですね」
「ほらな」
全員が、ああやっぱり、という顔をした。
煙は今日も、静かに空へ昇っていく。
それはもう、止められない流れの象徴のようだった。




