線路の上の夢
思っていたより、ずっと上手くいった。
試作蒸気機関が、あの場で止まらず、壊れず、暴れもせずに“仕事をした”という事実。それだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……よし。本命はここから、よね」
私は作業場の片隅で、炭の匂いがまだ残る中、スケッチ帳を開いた。
小型蒸気機関。
あの大きさを基準に、逆算する。
「うーん……」
鉛筆を走らせながら、頭の中で形を組み上げていく。
トロッコよりは少し小きい。
でも遊園地にある客車よりは大さい。
幅は……人族なら二人掛け。肩が触れるか触れないか、ぎりぎり。
獣族の大人だと一人分がちょうどいい。
「まぁ……客車は後回しでいいわね」
本命は“貨物”だ。
貨車の設計自体は、強化型荷馬車で散々やってきた。積載量、重心、揺れ、連結。問題点も対処法も、ある程度は頭に入っている。
問題は――
「蒸気機関車……」
小さく呟く。
加速。減速。停止。
特に停止だ。
蒸気の力は強い。一定以上になれば、止めるのは“力”ではなく“仕組み”の問題になる。
「ブレーキ……どうするかしら」
馬車なら馬が止まる。人なら踏ん張る。でも、機械は違う。
考えながら、私は深く息を吐いた。
「……再召集ね」
その日の午後。
蒸気機関の開発に関わった面々が、再び集められた。
鍛冶士のタルトさん。
錬金術師のブルーさん。
そして補佐の学術員たち。
全員が、少し期待と、少し警戒を混ぜた顔で私を見る。
「えー……今日は、次の段階の話です」
私はそう前置きして、描きかけの図を掲げた。
「蒸気機関を――“走らせます”」
一瞬の沈黙。
「……走らせる?」
ブルーさんが眉をひそめる。
「はい。地面の上を」
「いやいや待て」
タルトさんが即座に突っ込んだ。
「車輪付きなら馬車で十分だろ?何が違う」
「その“地面”が違います」
私は、図の下に描いた二本の線を指差した。
「この上を、走らせます」
「……鉄の、棒?」
「はい」
間が空く。
「鉄の棒を……引きずる?」
「いいえ」
私は首を振り、別の図を出した。
「“H型”です。断面が、こうなってます」
学術員の一人が目を見開いた。
「……車輪が、外れない?」
「そう。横に逃げない」
「……なんだそれは」
タルトさんが腕を組む。
「鉄の棒の上を、蒸気機関が走るって言いたいのか?」
「ええ。仮に名前を付けるなら――“レール”」
場が、ざわついた。
「地面に鉄を敷く?正気か?」
「大量輸送です」
私は即答した。
「馬の数に依存しない。人手も減る。天候の影響も少ない」
一人の学術員が、恐る恐る言う。
「……理屈は、分かります。でも……」
「作るのが大変?」
「いえ……そこまでして、何を運ぶんです?」
私は、少しだけ笑った。
「全部、です」
沈黙。
「木材。石材。穀物。資材。人。未来」
その言葉に、タルトさんがゆっくりと口角を上げた。
「……面白ぇ」
ブルーさんは頭を抱えた。
「発想が飛びすぎです……でも……」
学術員たちは、すでに図を覗き込み始めている。
「……理屈は、通ってます」
「蒸気圧と重量の関係を詰めれば……」
「ブレーキは……摩擦か?」
私は、その光景を見て、胸の奥がじんとした。
誰も、「無理だ」と言わなかった。
「じゃあ、決まりですね」
私はスケッチ帳を閉じる。
「次は――線路の上を走る蒸気機関です」
誰かが、小さく呟いた。
「……世界が、変わるぞ」
私は心の中で、そっと答えた。
――ええ。だから、作るのよ。
まだ誰も知らない、“線の上の未来”を。




