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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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動き出した歯車と影のため息

蒸気機関試作機は、想像以上の速度で“現場仕様”へと変貌していった。


原因は明白だった。


「よし、ここに丸太固定用の台座を付ける。振動逃がしも必要だな」


「歯は薄すぎると欠ける。だが厚すぎると抵抗が増える……この辺りが妥当か」


鍛治士タルトが、完全に火が付いた状態だったのだ。


丸い鋸刃は試作品とは思えないほど丁寧に鍛えられ、蒸気機関の回転軸に噛み合うよう慎重に調整されていく。

同時に、丸太を固定するための台、押し出し用の補助レール、そして安全柵。


「止め具は二重だ。万一外れても人に飛ばねぇようにな」


「蒸気圧が上がりすぎたら、ここで逃がす。爆ぜたら意味ねぇからな」


“まず安全”。

その一言が、全員の共通認識だった。


木材加工場の一角に据え付けられた試作機は、やがて低く唸り始める。


しゅう……しゅ、しゅう……。


蒸気の圧が上がり、回転軸がゆっくりと回る。

丸い歯が、一定の速度で回転し始めた。


「……行くぞ」


タルトの合図で、丸太が慎重に押し出される。


ギィィィ――――。


乾いた音と共に、鋸刃が木材へ食い込んだ。


次の瞬間。


「……切れてるな!しかも、真っ直ぐだ」


人の手で引く鋸とは比べ物にならない速さで、丸太が板へと変わっていく。


「これ……一人で出来るな!いや、一人で二人分以上だ」


蒸気機関の圧、回転数、振動。

安全装置の挙動。

摩耗の出方。


メイヤが口を出すまでもなく、職人と学術員たちは次々と意見を出し合っていた。


「回転は十分。だが、蒸気の立ち上がりが少し遅い」


「弁の材質を変えれば改善できるかも」


「歯の交換を簡単にしないと量産は厳しい」


“可能性”という言葉が、自然と飛び交う。


それを少し離れた場所から見ていたメイヤは、胸の奥が熱くなるのを感じていた。


(……いい流れ)


もう、自分が中心でなくてもいい。

人が考え、人が改良し、人が前に進んでいる。


それが何より嬉しかった。



――その頃。


同じ領内の別の建物で、一人の男が深いため息をついていた。


「はぁ……」


机の上には、分厚いメモの束。


「何だ、その溜息は」


背後から声を掛けたのは、近衛隊長だった。


「……何だ?その紙の山は」


男は椅子にもたれ、頭をかいた。


「あー……あのお嬢ちゃんだよ〜また、とんでもねぇもん作りやがってな……」


「とんでもない物?」


「そうだ」


男はメモを一枚取り上げる。


「蒸気で回る機械だ。木を切る。人の代わりにだ……正気じゃねぇ」


近衛隊長は、少し笑った。


「そのメモ、どこから来た?」


「うちの“影”からだよ」


「……密偵を?」


「そりゃそうさ。二人のお嬢ちゃんにな」


近衛隊長は眉を上げる。


「リディア殿の方は?」


「感が良すぎる!何となくで影にクロスボウ撃ってきやがる!当たってねぇが……ありゃ、そのうちヤベぇ戦士になるぞ」


「はは……想像できるな」


「もう一人はな……見張るのは楽だ。だが、やってる事がとんでもねぇ」


男は机を指で叩く。


「影が泡食って報告してくる。『また変な装置が増えました』『職人が勝手に改良を始めました』ってな」


近衛隊長は肩をすくめた。


「あのお嬢さんらしい」


「近衛は気楽でいいな」


「こっちはその度に書類が増える」


「許可、影響、波及、他領地への警戒……」


再び、溜息。


「……だがな」


男は、少しだけ表情を和らげた。


「止める理由も、潰す理由も……見当たらねぇ」


近衛隊長は、静かに頷いた。


「歯車は、もう回り始めたか」


「そうだ!しかも、止めたら壊れるタイプの歯車だ」


蒸気の音が、領内に静かに広がっていく。


それはまだ、小さな音だった。

だが確実に、次の時代の鼓動だった。


――誰よりもそれを理解している者たちが、影で頭を抱えながら見守っている事を、メイヤはまだ知らない。

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