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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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最初に動いた歯車

工房の朝は、いつもより静かだった。


いや、正確には――

皆が無意識に声を抑えているだけだ。


鉄と油の匂いが混じる空気の中、中央に鎮座するのは、布を被せられた、異様な形の機械。


「……じゃあ、外すぞ」


タルトさんの低い声で、布が引き剥がされる。


現れたのは、まだ無骨で、洗練とは程遠い塊だった。

円筒形の胴体。

太めの配管。

歪みを残した歯車。

そして、試作ゆえの継ぎ接ぎ。


――蒸気機関・試作一号。


「……見た目は、正直言って美しくはないな」


ブルーさんが腕を組んで呟く。


「ええ。でも、最初はそれで良いです」


私は頷いた。


「“動く”かどうか。それだけが今日の目的ですから」


周囲には、鍛治士、錬金術師、学術員。

誰もが近寄りすぎず、しかし目を離さない。


期待と不安が、同じ重さで漂っていた。



「水、入れます」


学術員の一人が、慎重に弁を開く。


内部の水槽に水が満ちていく音が、やけに大きく聞こえた。


「圧力弁、確認」


「異常なし」


「安全弁?」


「……一応、動くはずです」


“はず”。


その言葉に、誰も突っ込まなかった。


私自身、心臓の音がやけにうるさい。


「……メイヤちゃん」


タルトさんがちらりとこちらを見る。


「最終判断は、お前だ」


私は、一瞬だけ目を閉じた。


失敗するかもしれない。

壊れるかもしれない。

誰かが怪我をする可能性だって、ゼロじゃない。


それでも。


「――やります」


目を開き、はっきりと言った。


「点火してください」



火が入る。


炉の中で、炭が赤くなり、

金属がじわじわと熱を帯びていく。


最初は、何も起きない。


「……まだか?」


「温度が足りない」


しばらくして。


コト……


金属が、微かに鳴いた。


コト……コト……


「……来た」


ブルーさんが、息を詰める。


次の瞬間。


シューッ……!!


蒸気が配管を走る音。


圧力計の針が、ゆっくりと上がる。


「……動け」


誰ともなく、そう呟いた。


――そして。


ギ……


歯車が、ほんの僅かに動いた。


「……っ!」


ギ、ギギ……ガコン……!


止まりそうになりながら、

しかし確かに、歯車は噛み合い――


回った。


「……回ったぞ」


誰かが、信じられない声で言う。


ドン……ドン……


ピストンが上下する。


蒸気が押し、水が力に変わり、金属が、それに応えた。


「……成功、なの?」


学術員の一人が、半ば呆然と呟く。


私は、気付いたら――

笑っていた。


「……ええ」


小さく、でも確かに言った。


「動いてます。これ」



「ははっ……!」


最初に声を上げたのは、タルトさんだった。


「なんだよ、ちゃんと動くじゃねぇか!!」


「圧力制御も、想定内……」


ブルーさんは、すぐに記録を取り始めている。


「……理論は、間違ってなかった」


私は、蒸気機関を見つめたまま、静かに息を吐いた。


完璧じゃない。

効率も悪い。

危険も多い。


でも。


「……一歩目です」


誰に言うでもなく、そう呟く。


この日、フェルナード領で――

“人力でも、風でも、水でもない力”が、初めて形になった。


戦のためでもない。

誇示のためでもない。


ただ、

前に進むための歯車として。


蒸気の音は、しばらく止まらなかった。


まるで――

「ここからだ」と、世界が言っているみたいに。

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