試してみなけりゃ始まらない
蒸気機関の開発。
――正直に言えば、動くかどうかは分からない。
でも、だからこそだ。
私は机いっぱいに広げた設計図を見下ろしながら、深く息を吐いた。
円筒。ピストン。弁。圧力逃がし。
紙の上では、理屈は通っている。
けれど、この世界で、同じ挙動をする保証はどこにもない。
「……まあ、描くだけならタダよね」
そう呟いて、私は人を集めた。
呼んだのは、鍛治士のタルトさん。
錬金術師のブルーさん。
そして、工学と理論をかじっている学術員を数名。
場所は、木工工場の一角を改装した実験用の作業場だ。
最近は試作や研究に使う機会が増え、自然とこういう場が必要になってきている。
全員が揃ったのを確認して、私は設計図を壁に掛けた。
「……これが、今回考えた新しい動力装置です」
視線が一斉に集まる。
「水を加熱して蒸気を作り、その圧力で内部のピストンを押し動かします。その往復運動を回転に変えて、外部の機構――例えば、製材機や揚水装置に力を伝える、という仕組みです」
言いながら、図の各部を指でなぞる。
「燃料は木材や炭。継続的に動力を得られるのが利点です」
一拍、間が空いた。
学術員の一人が、恐る恐る口を開く。
「……確かに、理屈としては分かります。ですが……圧力制御が難しそうですね」
「金属疲労も問題になるでしょう。特にこの円筒部分」
「蒸気漏れが起きれば、事故にもなりかねません」
――ですよね。
内心で苦笑する。
想定していた反応、そのままだ。
「うん。危険性はある。だから小型から。まずは出力を抑えた試作機で、挙動を見る予定よ」
それでも、場の空気は慎重だった。
便利そうだが、未知数。
失敗した時のコストと危険を考えれば、躊躇するのも当然だ。
その時だった。
「ははっ!」
突然、豪快な笑い声が響いた。
タルトさんだ。
「難しい顔しやがって。だがよ、結局こういうのは――」
彼は設計図をじっと眺め、顎を撫でる。
「やってみなきゃ分からねえだろ?」
場の視線が一斉に彼に向く。
「金属加工なら任せろ。圧力?厚くすりゃいい。割れたら?次はもっと厚くする。それだけだ」
タルトさんは肩をすくめ、私を見る。
「なあ、メイヤちゃん。どうせ試してみなきゃ分からん物だろ?」
「……うん」
「失敗したら、やり直せばいい」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなる。
「そう!ダメならやり直し。無理なら止めればいい!ただそれだけ!」
私がそう返すと、タルトさんは満足そうに頷いた。
「そう来なくちゃな!」
今度はブルーさんが、静かに笑う。
「錬金術でも同じです。理論だけで完成した物など、ほとんどありません」
彼女は設計図の弁の部分を指差した。
「この開閉機構、素材次第では面白い挙動をしそうですね。耐熱処理、こちらで協力しましょう」
学術員たちも、次第に表情を変えていく。
「……記録係、必要ですね」
「試験条件を分けて検証すれば、再現性も取れるかと」
「安全対策は……逃がし弁を二重に?」
空気が、確実に変わった。
最初は「未知の危険」だったものが、
今は「試す価値のある課題」になっている。
私は、少しだけ笑った。
「ありがとう。正直、私一人だったら、机上で終わらせてたかもしれない」
「はっ。そんな顔してる時点で、やる気満々だろ」
タルトさんが言う。
「俺達は今まで、ずっとそうやって来たんだ」
――失敗して、直して、積み上げる。
「よし。じゃあ決まりね」
私は設計図を一枚外し、机に置いた。
「小型試作一号。材料調達から始めましょう。危険管理は最優先で」
「任せろ!」
「こちらも準備します」
こうして、蒸気機関の開発は始まった。
動くかどうかは、まだ分からない。
成功する保証も、ない。
でも――
試さなければ、何も始まらない。
それだけは、確かだった。




