描かれた未来の歯車
効率化は、かなり進んでいる。
それは間違いない。
領内を見回り、工房や作業場、農地の様子を自分の目で確かめたメイヤは、率直にそう評価していた。
人の配置、作業の流れ、資材の集積。
以前なら一つの工程に一日かかっていたものが、半日、あるいは数時間で回るようになっている。
「……悪くない、どころか、相当いいわ」
だが同時に、限界も見えていた。
これ以上効率を上げるには、人を増やすか、労力を増やすか。
しかし人は急には増えないし、増やせば住居や食料、教育や治安の問題が雪だるま式に膨らむ。
労力も同じだ。人が人である以上、疲れもするし、怪我もする。
「このままだと……伸びは緩やかになる」
悪くはない。
だが、“次の段階”には届かない。
メイヤは工房の片隅に腰を下ろし、紙と鉛筆を取り出した。
無意識に、前世の記憶が滲み出してくる。
「重機があれば……なんて言っても無理よね」
つぶやきながら、視線を巡らせる。
水車、風車、馬力。
今ある動力は、どれも“自然任せ”か“生き物任せ”だ。
安定しない。制御が難しい。出力にも限界がある。
「……動力を、自前で作れたら」
そこで、ふと一つの単語が浮かんだ。
「蒸気……」
蒸気機関。
前世では、文明の転換点だった技術。
もちろん、ここでいきなり産業革命などできるはずもない。
精密加工も、耐圧容器も、計測技術も不足している。
だが――
「小型なら……?」
水を温め、蒸気で押し出し、冷えて戻る。
単純な往復運動。
「理屈は、解ってる」
水が蒸気になると体積が増える。
圧力が生まれる。
それを逃がさず、方向を与えれば――動く。
メイヤの手が、自然と紙の上を走り始めた。
円筒。
ピストン。
逆止弁。
「……あ、ここは無理ね。精度が足りない」
線を消し、描き直す。
「なら、ここを木製にして……圧は低く抑える」
出力は小さくていい。
目的は“人の代わり”。
水汲み。排水。粉砕。簡単な力。
「全部一気にやる必要はない」
まず一つ。成功例を作る。
「……問題は」
材料。加工技術。安全性。
失敗すれば、爆発する。怪我人が出る。
下手をすれば、恐怖だけが残る。
「慎重に……でも、やらなきゃ進まない」
メイヤは深く息を吐いた。
これまでの道のりも、同じだった。
紙。鉛筆。荷馬車。火縄銃。
どれも最初は「無理だ」「早すぎる」と言われた。
それでも、形にしてきた。
「……設計図だけでも、描いてみるか」
完成しなくていい。今すぐ作れなくてもいい。未来のための、下書きとして。
メイヤは再び鉛筆を握り直した。
歯車の音も、蒸気の音も、まだこの世界には存在しない。
だが――
この小さな紙の上では、確かに、次の時代の歯車が、静かに回り始めていた。




