領地は生き物
一先ず、今できる事は一段落した。
だが状況次第では、難民はこれからも増えると見ておいた方がいい。
戦は終わったわけではないし、ガリオン領の後始末もまだ途中。
エドラン領主が有能とはいえ、全てを一気に救えるほど世界は優しくない。
「……書面だけ見てても限界があるわね」
メイヤは小さく息を吐いた。
領内を一度、この目で見回る必要がある。
数字や報告書では分からない空気、匂い、人の動き。
それらを感じ取らない限り、次の一手は見えてこない。
久しぶりに領内を歩いて回ると、最初に感じたのは――違和感だった。
「……え?」
思わず足を止める。
「ちょっと離れてた隙に……随分、発展してない?」
まず目に飛び込んできたのは、以前は小さな作業場だった木工所だ。
いや、もはや“所”ではない。
「……工場、よね。これ」
敷地は拡張され、屋根付きの建屋がいくつも並んでいる。
中からは一定のリズムで木を削る音が響き、完成した部材が次々と運び出されていた。
「荷馬車の製造、増えてる……」
そう言えば、最近やたらと馬車の数が増えた気がする。
意識していなかったが、ここまでとは。
さらに歩を進めると、次に目に入ったのは鍛冶場だった。
「……え、ここも?」
以前は職人が数人、火を起こして叩いていた場所。
それが今では、複数の炉が並び、鉄の音が絶え間なく響く“鉄工場”の様相を呈している。
「これは……馬車の足回り?」
鉄輪、補強材、車軸。
どれも大量生産を前提にした配置と動線だ。
「そりゃあ、あれだけ使えば需要も増えるわよね……」
強化型荷馬車を戦場で使い、しかも一時的とはいえ大量に徴発した。
その補填と追加需要が、一気に押し寄せたのだろう。
「仕事が増えるのは、いい事よ」
領民が働き、技術が蓄積され、金が回る。
それ自体は間違いなく正しい流れだ。
だが同時に、胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。
「……忘れてたわね。私」
自分が“借りた”ものの重さを。
工場の拡張も、人手の増加も、全ては急激な需要の結果。
それは一歩間違えれば、歪みになる。
「領地って……生き物みたいなものね」
少し無理をさせれば、どこかが悲鳴を上げる。
放置すれば、思わぬところが壊れる。
さらに歩きながら、開拓地の様子にも目を向ける。
畑は少しずつ広がっているが、まだまだだ。
人は増えつつあるが、開墾には時間が掛かる。
「やっぱり、人力だけじゃ限界があるわね」
ふと、遠くを見る。
「……重機があればなぁ」
当然、この世界には存在しない。
いや、正確には“まだ”存在しない。
「動力……か」
風車と水車。
どちらも既に使っているが、開拓を一気に進めるには力不足だ。
「馬は増えたけど……」
その馬も、今は補給部隊に回されている。
軍を動かす以上、そこは削れない。
「つまり……」
メイヤは、ゆっくりと思考を整理する。
「次の壁は“力”ね。人でも、道具でも、動力でもいい。今の延長線じゃ、これ以上は加速できない」
領内は確実に成長している。
だが同時に、限界も見え始めていた。
「……まあ、いいわ」
空を見上げて、メイヤは小さく笑う。
「壁が見えたって事は、次にやる事がはっきりしたって事だもの」
問題があるのは、悪い事じゃない。
問題が見えない方が、よほど危険だ。
領地は生きている。ならば、その鼓動に合わせて、次の一手を打つだけだ。
メイヤは歩みを止めず、次の場所へ向かった。




