帰る場所と背負ったもの
領内に戻ったのは、夕暮れ時だった。
門をくぐった瞬間、張り詰めていた何かが、ふっとほどけた気がした。
ああ、帰ってきたんだ、と。
「おかえりなさいませ!」
門番の声が、やけに優しく聞こえる。
いつもと同じはずなのに、今日は少しだけ違う。
私は馬車から降りると、大きく伸びをした。
「はぁ〜……生き返るわ……」
「お嬢ちゃん、まだ気は抜くなよ?」
機構隊長が苦笑しながら言う。
「分かってる。でも、今日はちょっとだけ許して」
それだけで、みんな笑った。
屋敷に戻ると、すぐに父が呼んでいると伝えられた。書斎に入ると、父は窓際に立ち、外を見ていた。いつもより、少しだけ背中が小さく見える。
「……父上」
声をかけると、ゆっくり振り返った。
「無事に戻ったな、メイヤ」
「はい。何とか」
父は私をじっと見つめた後、深く息を吐いた。
「……随分と、顔つきが変わった」
私は思わず苦笑する。
「そうですか?」
「良い意味でも、悪い意味でも、だ」
机に向かい合って座る。
「報告は既に受けている。ガリオン領での戦闘、治安回復、難民の保護、補給路の確保……」
父は一つ一つ、確かめるように言葉を並べた。
「……よくやった」
その一言に、胸の奥が少しだけ熱くなる。
「でもね、父上」
私は、あえて言った。
「私、正しい事ばかりはしていません」
父の眉がわずかに動く。
「……どういう意味だ?」
「裏金も見つけたし、黙って持ち帰りました。
やり方も、正面からじゃない事ばかりです」
一瞬、沈黙。
父は目を閉じ、そして静かに笑った。
「……それを、誰のために使う?」
「領地と、領民のためです」
即答だった。父は頷く。
「なら、それは“統治”だ」
「父上……?」
「綺麗事だけでは、守れぬものがある。だが、欲に溺れれば、いずれ滅びる」
父は、私を真っ直ぐ見た。
「お前は、まだ踏み外していない」
その言葉に、肩の力が抜けた。
「……ありがとうございます」
「それで?」
父は、話を切り替えた。
「難民を引き受けるそうだな」
「はい。帰路の馬車で、少しずつですが」
「負担になるぞ」
「分かっています」
私は、少し考えてから言った。
「でも……見てしまったんです。家も、家族も、仕事も、全部失った人たちを」
父は黙って聞いている。
「見なかった事には、出来ませんでした」
「……そうか」
父は深く頷いた。
「なら、受け入れよう」
「え?」
「条件がある」
父は指を一本立てた。
「“施し”ではなく、“居場所”として受け入れる。働ける者には仕事を、学べる者には学びを」
私は思わず笑った。
「それ、私が言おうとしてた事です」
「親子だからな」
父も、少しだけ笑った。話が終わり、書斎を出る時。父が、ふと口を開いた。
「メイヤ」
「はい?」
「……無理はするな」
私は一瞬、言葉に詰まった。
「……はい。でも」
振り返って言う。
「無理しないと、守れない時もあります」
父は、何も言わなかった。
ただ、小さく頷いた。
その夜。
自分の部屋で、久しぶりにベッドに倒れ込む。
「……帰ってきたんだなぁ」
外では、領内のいつもの音がする。
遠くで、馬のいななき。
誰かの笑い声。
私は、目を閉じた。
守るものが増えた。
背負うものも増えた。
でも――
「悪くない」
そう呟いて、私は久しぶりに、何も考えず眠りについた。




