戻る道、背負うもの
エドラン歩兵隊が到着してからというもの、ガリオン領の空気は目に見えて変わった。
各地に配置された部隊は無駄な混乱を起こすことなく、淡々と、しかし確実に治安を回復させていく。地元出身で土地勘のある徴発兵を上手く組み込んだ編成は、まるでこの地のために用意されていたかのようだった。
「……流石、伯爵ね」
メイヤは遠くで指示を飛ばすエドラン領主の姿を眺めながら、小さく息を吐いた。
判断が早い。命令が明確。側近も軍司令官も、それぞれが自分の役割を理解して動いている。
「人材の層が違うわね……」
羨ましい、という感情は正直にあった。
フェルナード領では、まだ“揃えながら育てる”段階だ。だが、目の前で動くエドラン軍は、すでに完成された組織だった。
だが――問題は、ここからだった。
ガリオン領の内情は、調べれば調べるほど酷いものだった。
噂に違わず、いや、噂以上だった。
「……クソ、だったみたいね」
メイヤは報告書を閉じ、ため息をつく。
ガリオン領主の放漫な財政運営。
側近たちによる着服。
帳簿は合わず、税はどこへ消えたか分からない。
お抱え商人は既に夜逃げ同然で姿を消していた。
「これ……把握するだけで数年単位じゃない?」
近衛隊長も、機構隊長も、否定しなかった。
「ここまで壊れてるなら……」
メイヤは一瞬だけ、思考を巡らせる。
「一回、全部壊してから作り直した方が早そうだけど……」
しかし、それを自分が口にする立場ではないことも、よく分かっていた。
ガリオン領の処遇を決めるのはエドラン領主であり、王都だ。
フェルナード領は、あくまで“協力者”に過ぎない。
結局、会談で決まった通り、メイヤたちは補給と補給路の治安維持に専念することになった。
それ以上踏み込めば、立場を越える。
そして――
「全軍、領内へ帰還」
その決定が下された。
「はぁ〜……」
陣を引き払う準備を進めながら、メイヤは思わず本音を漏らした。
「これで、やっとのんびり暮らせるわ……」
本当に、そう思っていた。
あの瞬間までは。
エドランの文官が、控えめに、しかし確かな重さを持った声で切り出したのは、その直後だった。
「……フェルナード領に、もう少しだけ、難民を引き取っていただけないでしょうか」
理由は明白だった。
戦で屋台骨となる男性を失った家族。
略奪で家や店を焼かれ、行き場を失った老人たち。
エドラン領主がどれほど有能でも、全てを救うことはできない。
「……確かにね」
メイヤは頷いた。
「私たちも万能じゃない。でも……」
しばらく沈黙した後、彼女は結論を出した。
「戻る時に、一緒に連れて帰りましょう」
補給物資を届け、役目を終えて戻るその帰路。
その道に、行き場を失った人々を乗せる。
それなら、できる。
「随時、引き受けます。ただし――無理はしません」
その条件付きの合意に、文官は深く頭を下げた。
こうして、メイヤ一行は帰路についた。
荷馬車には物資だけでなく、新たな命の重みが加わっていた。
「……また、背負うものが増えたわね」
馬車の揺れの中、メイヤは小さく笑った。
のんびり暮らせる日など、まだ先だ。
それでも――戻る道があるだけ、今は良い。
フェルナード領へ向かう列は、静かに、しかし確実に進んでいった。




