気づいてしまった価値
「……いや、待て」
エドラン領主は、改造荷馬車を前にして腕を組んだまま、低く唸った。
「軍に使用?だと?ここに来ている者たちは、正規軍とは程遠い編成だぞ。学生……子供までいるではないか」
歩兵隊指揮官は一礼し、慎重に答える。
「はい。確かに、編成そのものは軍とは言えません。しかし――」
「まて、まてまて」
領主は指揮官の言葉を遮り、目を細めた。
「先ほど言ったな。この荷馬車は、フェルナード領に着いた時点で“既に用意されていた”と」
「はっ。到着と同時に引き渡されました」
「この数を、だ」
「はい」
一瞬の沈黙。
「……おかしいな」
エドラン領主は馬車の側面を軽く叩いた。
「ここを見てください」
指揮官が指差したのは、側面の板に残る古い刻印と、雑多な補修痕だった。
「板の質が揃っておりません。恐らく――商人が使用していた馬車まで含め、領内中から集めたのではないかと」
「なっ……」
領主の目が見開かれる。
「領内中?商人の馬車まで?」
指揮官は静かに頷いた。
「はい。強制徴発、もしくは即時買い上げかと」
「……つまり」
エドラン領主は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「フェルナード領では、この“強化型荷馬車”が、既に一般流通している、という事か?」
「その可能性は高いかと」
その瞬間、領主の中で、いくつもの点が線で繋がった。
「……そうか」
ゴアゴア紙の急速な普及。
鉛筆の異常な浸透速度。
物流の速さ。
物資価格の安定。
「最初から、ここに行き着いていたのか……」
搭載量が多い。
速度が速い。
荒地でも減速しない。
車軸が強靭で破損が少ない。
「輸送効率が跳ね上がる。商人にとっては利益が増え、領地にとっては税収が安定する……」
しかも、軍用転用が容易。
「これを“戦のため”に作ったのではない……」
領主は、思わず笑ってしまった。
「“生活のため”に作られた結果、戦にも使えるだけだ」
指揮官は黙って聞いている。
「ゴアゴア紙に鉛筆……教育。荷馬車……物流。それらを先に整え、戦は後回し……いや、“戦わずに勝つ土台”を作っていたのか」
エドラン領主は、深く息を吐いた。
「この改良は、すぐに出来るものなのか?」
「……そこまでは分かりかねます。ただ――」
指揮官は正直に答える。
「我々が使っていた旧式の馬車は、今頃フェルナード領で改良を受けていると思われます」
「そうか……」
領主は遠くを見るような目をした。
「金を払っているとはいえ、これほどの物を惜しげもなく貸し出す。度量が大きいのか、それとも――」
一瞬、言葉を切る。
「……いや。違うな」
彼は、はっきりと言った。
「理解しているからこそだ。“使わせた方が、結果的に得になる”と」
しばしの沈黙。
「メイヤ殿……」
小さな男爵領の、その少女の名を、噛みしめるように口にする。
「軍を動かす前に、世界を動かし始めていたとはな」
ん?まさか………………
近衛隊長にそっくりな人物に、もう1人居た謎の人物…………リディア殿なら入学の年齢に達しておる筈………それに勉強の為とついて行っておればメイヤ殿も王都に行っていた可能性も……
「ふふふ」
振り回されておる大人達がどうにかこうにか守ろうとする筈。少しながら状況が読めてきたぞ。
側近が慎重に問いかける。
「領主様。今後、フェルナード領への対応は?」
エドラン領主は即答した。
「変える」
「……と、言いますと?」
「“支援対象”ではない。“対等な同盟候補”として扱う」
側近が息を呑む。
「いや。しかし相手は男爵……それに……」
「学生がいる?子供がいる?だからどうした」
領主はきっぱりと言った。
「あれは“未熟”なのではない。“次の時代”だ」
彼は踵を返し、命じた。
「フェルナード領主へ文を送れ。感謝と改めての正式な協力関係の打診を」
エドラン領主は、この日、はっきりと理解した。
フェルナード領の脅威は、兵でも武器でもない。
仕組みそのものなのだ、と。




