予想より早すぎる到着
エドラン領主は、自らの目を疑っていた。
ガリオン領へと続く街道。その先から、次々と姿を現す荷馬車の列。
しかも、それらはただの輸送隊ではなかった。
「……歩兵隊を、馬車に乗せている……?」
本来、歩兵は歩く。
それが常識であり、補給の都合も含めて、軍の進軍速度は自然と制限される。
だが、目の前を進むのは――
強化された荷馬車に乗り込み、整然と隊列を組んだエドラン歩兵隊だった。
「報告では、到着はまだ数十日先のはずだったな?」
「はっ。そのはずでした」
側に控えていた腹心も、驚きを隠せない様子だった。
「……早すぎる」
それも、誤差の範囲ではない。
明らかに想定を超えた速度だった。
やがて先頭の馬車が止まり、歩兵隊指揮官が下馬する。
「領主様。歩兵隊、予定より早く到着いたしました」
「聞こう。何があった?」
指揮官は一礼し、少し言葉を選ぶようにしてから答えた。
「フェルナード領に到着した際、すでに決まっていたそうです。我が軍が使用していた荷馬車は、すべて改造する、と」
「……改造?」
「はい。その地で、すでに準備が整っておりました」
指揮官は、すぐ脇に停められている荷馬車を示した。
「伯爵からは、“注文を受けている”との事で。この馬車を渡すから、これに乗って進軍せよ、と」
エドラン領主は無言で馬車に近づいた。
「だが……なぜ、これほど早く移動できた?」
「それは……こちらをご覧ください」
指揮官は、しゃがみ込み、車軸を指差す。
「……鉄?」
「はい。正確には、鉄を束ね、補強した構造かと。さらに車軸そのものも鉄製です」
エドラン領主は目を細めた。
「だから揺れが少ないのか……」
「その通りです。揺れが少ないため、兵を乗せても疲労が少なく、通常の一・五倍ほどの荷を積んでも問題ありません」
「荒地でも?」
「はい。車軸が頑丈なため、速度を落とす必要がほとんどありません」
指揮官は、少し誇らしげに続けた。
「補給物資も多く積めますし、移動が早い分、消費も抑えられました」
「なるほど……」
エドラン領主は、深く息を吐いた。
「素晴らしい荷馬車だな」
「はい。領主様の購入判断は、まさに英断かと」
「……そのようなお世辞は要らん」
そう言いながらも、視線は荷馬車から離れなかった。
――これが、フェルナード領の“技術”か。
金を払っているとはいえ、これほどのものを、惜しげもなく軍に使わせるとは。
「度量が大きいのか……」
それとも。
「……自分の持つ価値を、まだ理解していないのか」
ふと、王都の情勢が頭をよぎる。
王都の裏で、何かが動いているという噂。
商人たちの動き。
物流の変化。
軍の再編。
「……まさか」
エドラン領主は、静かに呟いた。
「王都の裏で起きている事……その中心にいるのが、あの小さな男爵領だとしたら……」
荷馬車の列は、なおも続いていた。
それは単なる輸送隊ではない。
戦の形そのものを変えかねない――
“動く力”だった。
エドラン領主は、無意識のうちに拳を握りしめていた。
「……恐ろしいものを、我々は味方につけたのかもしれんな」
その言葉を、誰に聞かせるでもなく。
ただ、低く、噛みしめるように呟いた。




