秩序が壊れた街で
街に入った瞬間、異変は誰の目にも明らかだった。
道端に倒れた荷車。割れた木箱からこぼれ落ちた穀物。踏み荒らされた畑。
そして、家々の扉には無理やり破壊された跡が生々しく残っている。
「……ひどい」
メイヤは、思わずそう呟いた。
つい数日前まで、ここは普通に人が暮らす街だったはずだ。
市場があり、子どもが走り回り、日常があった場所。
今は、恐怖と混乱だけが残っている。
「略奪だな……」
機構隊長が低く言う。
「敗残兵が、組織を失ったまま武器だけを持って街に流れ込んだ。指揮も統制もない。だから一番弱い所から壊していく」
道の端で、住民たちが身を寄せ合うようにして座り込んでいた。
年寄り、女、子ども。誰もが怯えた目で、武装した一行を見つめている。
「大丈夫です」
メイヤは馬車から降り、できるだけ目線を合わせるように声を掛けた。
「私たちは、あなた達を守りに来ました」
その言葉に、張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
だが、完全に安心できるはずもない。
ここでは、“兵”という存在そのものが、恐怖の象徴になってしまっている。
「学生隊、周囲警戒!装甲馬車は中央に展開、避難民を囲う形で!」
学生達は即座に動いた。
まだ若い顔だが、馬上からクロスボウを構える姿は、もはや素人ではない。
通りの先で、怒号と金属音が響いた。
「来るぞ!」
徴発兵が、残党兵と交戦しているのが見える。
貴族の紋章を外した鎧、統一されていない武装。
略奪の途中で、武器を手放す気など最初からない者達だ。
「撃て!」
クロスボウの弦音が、乾いた音を立てて連続する。
学生隊の機動弓兵は、馬を動かしながら、確実に足と腕を狙った。
「逃げるぞ!引け!」
略奪兵は混乱し、散り散りに後退する。
彼らは“戦場”ではなく、“獲物のいない街”を求めていただけだった。
その流れを、騎兵が断ち切る。
エドラン領主率いる騎兵隊が、前方から突入した。
「包囲を完成させろ!逃がすな!」
馬蹄の音が地面を震わせる。
統制の取れた騎兵の動きは、略奪兵にとって悪夢そのものだった。
戦闘は、長くは続かなかった。
武器を捨て、地面に伏す者。
逃げようとして、騎兵に捕らえられる者。
街に、ようやく静けさが戻る。
エドラン領主は、馬上から街を見渡していた。
「……これが、反乱の後に残る現実か」
側近が近づく。
「しかし、領主様。ひとつ気になる点が」
「何だ?」
「フェルナード軍の荷馬車です。我々騎兵が全速で進軍しているにも関わらず……追いついてきています」
領主は眉をひそめた。
「……確かにおかしい。通常の補給馬車では、絶対に不可能だ」
「はっ。詳細は不明ですが、荷馬車に何らかの改良を施しているとの目撃情報があります」
「改良、か……」
領主は、少しだけ笑った。
「なるほどな。あれが無ければ、我々はここまで迅速に民を救えなかったという訳か」
街の中央では、装甲馬車が展開され、避難民に食糧と水が配られている。
馬も、人も、守られた状態で動いている。
「……恐ろしい程の機動性だ」
側近が頷く。
「はい。戦略面、戦術面の双方において、画期的と言えます」
エドラン領主は即断した。
「フェルナード領主へ文を送れ。私の名を使って構わん」
「内容は?」
「あの荷馬車を、数十……いや、百近く。改良、もしくは購入したいと伝えろ」
「はっ!」
領主は、再び街を見た。
瓦礫の中で、ようやく息をつく民。
それを守る為に立つ、幼い指揮官と学生兵。
「……時代が、動いているな」
剣ではなく、数でもなく。
“仕組み”で戦場を変える者達が、確かにここにいた。
そしてその中心に、静かに立つ少女の姿を、エドラン領主は見逃さなかった。
次の戦は、もっと大きくなる。
そう確信しながら、彼は馬の手綱を握り直した。




