迫られる選択と守るための進軍
エドラン歩兵隊の到着まで、残された時間は多くない。
メイヤは簡易指揮所の外で、装甲馬車の最終調整を眺めながら、静かに息を吐いた。
機動弓兵――学生隊の練度は、目に見えて上がってきている。
近衛と機構の指導もあって、馬の扱いにも慣れ、二人乗りでの移動射撃も形になりつつあった。
「月月火水木金金……って言いたいところだけど」
もちろん、実際には休息をしっかり取らせている。
だが、気持ちとしてはそれくらいの勢いで鍛えなければならない。
装甲馬車も、工作隊の奮闘によって必要数を確保できそうだった。
木製ながら矢を防げる側面装甲、馬を守る簾式防護、屋根付きの荷台。
即席とはいえ、移動式の拠点として十分に機能する。
「問題は……」
メイヤは地図に視線を落とす。
エドラン軍と合流し、そのまま進軍するか。
それとも、この男爵領に留まり、反乱軍の再侵攻に備えるか。
どちらも正しい。
どちらも間違っている。
近衛隊長も、機構隊長も、父へと文を出した。
エドラン領主にも意見を求めた。
だが、返ってくる答えは皆、同じだった。
「状況次第だな」
「今は判断材料が足りない」
「焦って動くのが一番危ない」
三日が過ぎた。
その間に、戦況ではなく、もっと厄介な“現実”が動き始めていた。
「……避難民?」
報告を聞いたメイヤは、思わず聞き返した。
ガリオン領方面から、一般市民の一部が保護を求めて流れ込んできたという。
話を聞けば、先の戦で敗走した貴族系の兵が、領内で略奪を繰り返しているらしい。
統制を失った兵、主を失った私兵、そして生き延びるために武装しただけの集団。
それに対抗する形で、徴発兵――つまり現地の平民兵が立ち上がり、各地で小競り合いが発生しているという。
「……最悪ね」
戦が終わった“後”の地獄。
それを一番食らうのは、いつだって一般市民だ。
メイヤはすぐにエドラン領主と協議の場を設けた。
結論は、早かった。
「一般市民の保護を最優先」
「徴発兵への支援」
「残党兵の排除、もしくは武装解除」
そして――
「こちらから出る」
男爵領から、軍を出す。
近衛、機構、学生隊――機動弓兵。
装甲馬車、強化型荷馬車。
補給物資は可能な限り積み込む。
「全軍出撃だ」
この判断は、重い。
だが、ここで動かなければ、この先どれだけ“守るべきもの”が壊れるか、想像に難くなかった。
近衛隊長は静かに頷いた。
「了解した。守る戦だな」
機構隊長も、深く息を吐く。
「……嬢ちゃん、これはもう正規軍の動きだぞ」
「ええ」
メイヤは迷いなく答えた。
「でも、正規軍じゃないからこそ、動けるのよ」
領を守るため。
市民を守るため。
そして、反乱の火が再び王都へ向かうのを、防ぐために。
装甲馬車が並び、馬たちが嘶く。
学生たちは緊張した顔で、しかし確かな覚悟を宿していた。
メイヤは小さく拳を握る。
「……行きましょう」
守るための進軍が、今、始まる。




