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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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夜明け

見張り台の上で、兵士は目を細めた。


ん?

……馬車の音か?


静まり返った夜明け前の空気の中、微かに軋む車輪の音が風に乗って届く。数は……複数。こちらへ向かってきている。


「合図は?」


兵士が低く声をかける。


その直後、闇の向こうで松明が左右に振られた。


「あー……あれは」


隣にいた見張り役が肩の力を抜く。


「俺の部下だ。味方だな」


警戒用の鐘を鳴らしかけていた手が止まる。数拍置いて、門の方へ合図が送られた。


やがて、出城の門前に馬車が姿を現す。五台。御者も護衛も、全員が疲労困憊といった顔だ。


「お疲れさん」


迎えに出た機構隊の兵が声をかける。


「後はゆっくり……とは言わねぇがな。中に入って飯でも食って、少し休め」


「ありがとうございます……!」


御者の一人が、ほっと息を吐いた。


馬車はそのまま中庭へと引き入れられ、積荷の確認が始まる。


「……で、戦果は?」


機構隊長が腕を組んで覗き込む。


「補給馬車を五台。奪取できました」


「ほう」


布をめくると、中から現れたのは干し肉、穀物袋、塩、保存用の樽。


「全部……食料品か?」


「はい。武器や装備はほとんどありませんでした」


機構隊長は鼻で笑った。


「まあまあの戦果だな。これで向こうの敵部隊は、さらに腹を空かせる」


部下の一人が、苦笑しながら言う。


「まさか、お嬢ちゃんから“補給馬車を盗んで来い”って指示が飛んでくるとは思いませんでしたよ……」


「俺もだ」


機構隊長は短く笑った。


「正面で叩くだけじゃなく、後ろから削れってか。まったく、発想が柔らかすぎる」


夜が白み始め、東の空がわずかに明るくなる。


城内では、交代の兵が動き出し、簡素だが温かい食事が配られ始めていた。


「……さて」


機構隊長は、伸びを一つしてから言った。


「俺も少し休むか。夜明けまで持ち場を離れなかった連中が先だがな」


視線の先では、疲れ切った兵たちが食器を手に、地面に腰を下ろしている。


この夜で、確実に一つ分かったことがある。


敵はもう、余裕を失いつつある。


補給が削られ、情報は混乱し、敵部隊は思うように動けていない。


そしてこちらは、休息と食料を確保した。


夜明けの空気は冷たいが、不思議と重くはなかった。


嵐の前の静けさ――

だがそれは、敵だけに訪れる静けさではない。


「……次が、本番だな」


機構隊長は、昇り始めた朝日を見上げ、そう呟いた。



夜明け前の空気は、ひどく澄んでいた。

出城の中庭に立つと、吐く息が白く見える。


「……思ったより、静かね」


自分でそう呟いてから、少しだけ可笑しくなった。

嵐の前ほど静かなものはない、なんて言葉を前世で聞いた気がする。


私は歩きながら、壁際に並べられた火縄銃を見て回った。

木製の銃床。鉄の銃身。

派手さはないけれど、確実に“兵器”と呼べるものたち。


「火縄、湿ってない?」


「問題ありません」


答えたのは近衛の一人。

彼の後ろでは、選抜された射撃手たちが無言で準備を続けている。


装填役と射撃役。

交代動作。

受け渡しの距離。

立ち位置。


すでに何度も確認したはずなのに、私はもう一度、一つ一つを見ていく。


「撃ったら、考えないで渡す。合図はいらない。後ろは“来る前提”で受け取って」


「了解です」


「装填は急がなくていい。確実に。焦った火薬は、味方を殺すわ」


誰も反論しない。

冗談めかした言い方でも、その意味は全員が理解している。


私は次に、火縄銃の数を数えた。


――三十丁。


「多い、と思う?」


そう問いかけると、近くにいた機構隊長が鼻で笑った。


「逆だな。嬢ちゃん。足りないくらいだ」


「……よね」


本当は、もっと欲しい。

でも、今あるもので勝つしかない。


火縄銃は“万能”じゃない。

雨に弱い。

連射ができない。

扱いを誤れば、こちらが怪我をする。


それでも。


「弓やクロスボウより、心を折れる」


ぽつりと、私は言った。


機構隊長は、何も言わずに頷いた。


音。

煙。

倒れる速度。


それは戦いの形そのものを変える。


私は一丁を手に取った。

重さを確かめ、照準を合わせる仕草だけをして、すぐに戻す。


「……使いたくは、ないんだけどね」


誰に言うでもない独り言。


でも、次に来る敵は――

偵察じゃない。

小競り合いでもない。


「本隊、よね」


近衛隊長が静かに言った。


「ええ。たぶん、もう“様子見”は終わり」


ここまでで、敵は十分に混乱した。

偵察は潰れ、百名部隊は消え、補給は燃え、馬車は奪われた。


だからこそ。


「次は、“力で押す”」


私は視線を上げ、城壁の向こうを見る。


「それを止めるための、最後の確認よ」


火縄銃に視線を戻す。


――使えば、もう後戻りはできない。

――でも、使わなければ、ここは守れない。


「……準備は?」


「万全です」


短い返答。

迷いのない声。


私は、ゆっくりと息を吐いた。


「じゃあ、夜が明けたら合図を出すわ」


誰かが、軽く息を呑む音がした。


「火縄の使用は――私の指示があってから」


全員が、真っ直ぐこちらを見る。


「それまでは、今まで通り。出過ぎず、怯まず」


私は、ほんの少しだけ笑った。


「想定通りに、進めましょう」


夜明けの光が、出城の壁を淡く照らし始めていた。

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