「百名部隊」の異変に気づく
異変は、報告の“間”として現れた。
「……次の連絡は?」
反乱軍の本陣。百名部隊を送り出した指揮官は、地図の上に指を置いたまま、顔も上げずに問うた。
「は。予定では、第一接触の報告が既に入っているはずですが……」
「はず、か」
低い声が、天幕の空気を重くする。
百名。斥候潰しではなく、威圧と制圧を兼ねた部隊だ。前進し、出城の様子を見て、可能なら叩く。最低でも規模と配置を把握して戻る。それだけでいい。そういう任務だった。
「遅いな」
指揮官はようやく顔を上げた。
「森を抜ければ見える距離だ。迷う理由がない」
「……伝令を一人、前に出しますか?」
「いや、待て」
即答だった。
「小細工をしてくる相手だ。下手に細く出すな」
言い切った直後、天幕の外がざわついた。
「戻りました!」
駆け込んできたのは、泥だらけの兵だった。息が荒い。装備は揃っているが、表情が明らかにおかしい。
「報告しろ」
「は……百名部隊ですが……」
一瞬、兵の言葉が詰まる。
「どうした?」
「……分断されています」
天幕内が静まり返った。
「何?」
「前進中、森際で奇妙な動きがあり……藁人形の群れを見たと報告が……」
「藁?」
指揮官の眉が動く。
「最初は欺瞞だと判断しました。ですが、出城方向から角笛が鳴り、兵影が……」
「何人だ」
「……分かりません。多い、としか」
報告兵は唇を噛んだ。
「それで?」
「警戒を強めた直後、左右と後方で同時に騒ぎが起きました。草むらから矢が……クロスボウです」
「馬鹿な。平民の寄せ集めが、連携射を?」
「はい……しかも、狙いが正確で……」
指揮官は舌打ちした。
「で、百名は?」
「……前衛と中央が止まり、後衛が押し出される形で混乱し……隊が割れました」
「撤退命令は?」
「出ました。ですが……」
兵は一瞬、視線を逸らした。
「ですが?」
「撤退路に、いつの間にか……柵が」
「柵だと?」
「仮設の木柵です。簡易ですが、突破に手間取りました。その間に……」
「……包囲、か」
指揮官が呟いた。
沈黙が落ちる。
「現在の損害は?」
「死者は……まだ確認できていません」
「ほう」
わずかに、安堵とも取れる声。
「ですが」
兵は続けた。
「捕縛された者が多数。殴打され、装備を奪われ……」
「……また、か」
「はい。下着一枚で返された者も」
天幕の中に、重苦しい沈黙が広がった。
「百名だぞ」
指揮官は、低く言った。
「百名で、威圧するはずだった」
「……はい」
「それが、出城に触れる前に、割られた、だと?」
誰も答えない。
「……相手は、守りではないな」
指揮官は、ゆっくりと立ち上がった。
「誘っている」
地図を見下ろし、指で百名部隊の進路をなぞる。
「出城を見せ、数を見せ、こちらの動きを測り……森で削る」
その指が止まった。
「そして、殺さない」
誰かが息を呑んだ。
「殺さず、返す。恥と恐怖だけを持たせてな」
指揮官は歯を鳴らした。
「……男爵領、だったな?」
「は、はい」
「違う」
彼は吐き捨てる。
「これはもう、ただの弱小ではない」
天幕の外で、風が鳴った。
「百名で駄目なら……次は、もっと大きく動かねばならん」
その判断が、さらに深い沼への一歩だと気づく者は、まだいなかった。




