積み上がらない戦況
反乱軍本陣は、騒がしかった。
いや、正確には――騒がしいのに、何一つ前に進んでいなかった。
「……で? 今、どうなっている?」
指揮官の問いに、誰も即答できない。
机の上には報告書が積まれている。
だがそれらは、時系列も地域もばらばらで、整理されていない。
「東の補給線が――」
「それは昨日の話だ!」
「いえ、ですが今朝になって再び――」
「今朝!? なぜ今朝の話を今している!」
怒号が飛ぶ。
別の参謀が割って入る。
「西の街道で、荷車が焼かれました。原因は不明ですが――」
「またか! 見張りは何をしていた!」
「それが……見張りの兵が、いなかったと」
「は?」
一瞬、天幕の空気が凍った。
「どういう意味だ」
「持ち場に到着した時には、見張り台が荒らされ、兵の姿はなく……争った形跡も、血痕も……」
「逃げたのか?」
「……いえ。装備も置いたままで」
誰かが、喉を鳴らした。
「……つまり?」
参謀は、声を潜める。
「連れ去られたか、気づかぬうちに排除されたか」
「馬鹿な……」
指揮官は、机に拳を落とした。
「相手は弱小男爵領だぞ!精鋭でも何でもないはずだ!」
だが、その言葉に力はなかった。
なぜなら――
「例の、百名を率いた部隊からも、まだ戻りがありません」
「……何?」
「予定では、昨日中に接触、もしくは報告が入るはずでしたが……」
沈黙。
指揮官の眉間に、深い皺が刻まれる。
「……敵の城は?」
「確認できていません」
「兵数は?」
「不明です」
「防備は?」
「……分かりません」
一つ一つの答えが、すべて同じ結論に行き着く。
――分からない。
「何をしている……」
指揮官は、低く呻いた。
「こちらは三千を超える兵を動かしている。
それなのに、相手の状況が一切掴めぬとは……」
参謀の一人が、恐る恐る口を開く。
「……もしかすると」
「何だ」
「敵は、正面で戦う気がないのでは……」
「……続けろ」
「補給線、見張り、斥候。狙われているのは、戦う兵ではなく、戦を成り立たせる部分ではないかと」
指揮官は、言葉を失った。
別の参謀が、追い打ちをかける。
「各地からの報告も、増えています。
・倉庫の小火
・武器の紛失
・夜間の騒ぎ
・正体不明の影」
「……」
「どれも大きな被害ではありません。
ですが――」
「……確実に、神経を削ってくる、か」
誰も否定できなかった。
その時、伝令が駆け込んでくる。
「報告です!」
「今度は何だ!」
「王都方面へ向かう予定だった部隊が、進軍を停止しました!」
「理由は!」
「後方で火が上がり、補給が途絶えたため……
それと……」
「まだあるのか!」
伝令は、唾を飲み込んだ。
「兵の間で、噂が広がっています。『見えない敵に囲まれている』と……」
指揮官は、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
――戦っていない。
――だが、確実に削られている。
「……最初に崩れるのは、城でも兵でもない」
誰に言うでもなく、呟く。
「戦況を把握できる、頭だ」
その言葉通り、
反乱軍はまだ大敗していない。
だが――
もはや、優位にも立っていなかった。
そして誰も、この混乱の中心にいる少女が、
「想定通り」と静かに頷いている事を、まだ知らない。




