崩れた地図
反乱軍の陣営では、地図が何度も書き換えられていた。
「……違う。そこじゃない。火が上がったのは、この街区だ」
「いえ、こちらの報告では倉庫は無事です。燃えたのは――」
「待て、今度は別の街で騒ぎが……!」
机の上には、未処理の報告書が積み上がり、指揮官の怒号だけが天幕に響いていた。
「何度も言わせるな!“正確な情報”を持って来い!」
だが、その要求自体が、すでに不可能になりつつあった。
同じ頃、反乱軍後方の街では――
夜明け前だというのに、鐘が鳴り、叫び声が交錯していた。
「武器庫で火事だ!」
「いや、食糧庫だ!南区画だ!」
「違う、北だ!誰か見てこい!」
人が走り、兵が走り、誰が命令を出しているのか分からないまま、混乱だけが膨らんでいく。
火は広がらない。
だが、消えもしない。
いつ、どこで、また火が上がるのか分からないという恐怖だけが残る。
「……おかしい」
若い兵が呟いた。
「どれも、大火事じゃない。けど……」
隣の兵も、無意識に声を落とす。
「全部、“嫌な所”を突いてくる」
武器、食糧、通路、集積所。
戦に必要な“急所”だけが、正確に狙われていた。
前線では、百名規模の部隊が動き始めていた。
「指揮官直轄だ!遅れるな!」
だが、進軍は妙に遅い。
補給が届かない。
命令が途中で変わる。
斥候が戻らない。
「……おい。敵の城はどこだ?」
「さ、さあ……出城があると聞いていたが……」
「“聞いていた”だと?」
兵たちは、知らず知らずのうちに、地図を信じられなくなっていた。
一方、その“地図の外側”。
メイヤは、出城の上から静かに状況を見ていた。
「……うん。想定通り」
それだけ言って、視線を戻す。
機構隊長が、横で苦笑した。
「本当に、全部思った通りに転ぶな……」
「転ばせてるだけよ」
メイヤは淡々と答える。
「相手は数を持ってる。でも、数は“管理できて初めて力”になる」
「今は?」
「管理できてない」
遠くで、煙が細く立ち上っているのが見えた。
「敵はもう、どこが前線で、どこが後方か分からなくなってる。命令を出しても、届かない。届いても、正しいか分からない」
「……最悪だな」
「ええ。だから――」
メイヤは、軽く息を吐いた。
「そろそろ、“最初に崩れるもの”がはっきりする頃ね」
その頃、反乱軍指揮官の元に、また一通の報告が届いた。
「報告です!街で暴動が――」
「またか!」
「いえ……兵同士が、互いを疑い始めています。“内通者がいる”と……」
指揮官は、言葉を失った。
剣でも、城でもない。
疑念が、軍を削り始めていた。
地図は、もう役に立たない。
残っているのは――
誰も全体を把握していない、巨大な軍勢だけだった。




